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「漢方の処方が来ると、正直困る」その本音に向き合う
「漢方薬が処方されたとき、何を説明すればいいのか分からない」
調剤薬局やドラッグストアで働く薬剤師から、この悩みを何度聞いたことか分かりません。薬剤師として働いている中においても、必ずと言っていいほど出てきた言葉です。
日本漢方生薬製剤協会の調査によると、漢方薬を処方している医師は約90%に上ります。急性上気道炎、便秘、こむらがえり、不定愁訴・更年期障害、疲労・倦怠感など、西洋医学では十分なコントロールが難しい症状に対して漢方薬が処方される機会は増え続けています。
にもかかわらず、薬剤師が漢方について体系的に学ぶ機会は限られています。大学の講義では「証」「気血水」といった概念を表面的に学んだものの、実務でどう活かせばよいのか分からないまま現場に出た方がほとんどではないでしょうか。
本記事では、元・調剤薬局チェーン人事部長として多くの薬剤師のキャリア支援に携わってきた経験および薬剤師としての実務経験から、実務に直結する漢方・生薬の学習法を解説します。症例ベースで考える力を身につけ、患者さんから「あの薬剤師さんに相談してよかった」と言われる存在を目指しましょう。
なぜ今、薬剤師に漢方スキルが求められるのか
セルフメディケーション時代の到来
健康寿命の延伸や予防医学への関心が高まる中、漢方薬の需要は着実に増加しています。医療用漢方製剤の市場規模は堅調に拡大を続けており(2023年度で約1,875億円※)、セルフメディケーションの文脈でも漢方への注目度は高まる一方です。
※出典:株式会社ツムラ 統合報告書2024など市場データより
西洋薬で効果が不十分だった患者さんが漢方薬を求めるケースも増えています。日本漢方生薬製剤協会の調査では、医師が漢方薬を処方する理由として「西洋薬で効果がなかった症例で漢方薬が有効」という回答が56.4%と最多でした。次いで「患者の要望」が44.3%となっており、患者さん自身が漢方を希望するケースも珍しくありません。
漢方に強い薬剤師は希少価値が高い
日本薬剤師研修センターのデータによると、2024年3月末時点で漢方薬・生薬認定薬剤師の有効認定者数は3,299名です。全国の薬剤師約32万人のうち、わずか1%程度しか公式な認定資格を持っていない計算になります。
この希少性は、キャリアにおける大きな武器になります。私が人事部長時代に経験した範囲では、漢方に詳しい薬剤師は「かかりつけ薬剤師」の獲得率が高く、患者さんとの信頼関係構築においても優位に立っていました。

漢方学習の第一歩:「証」と「気血水」の基本概念を押さえる
まずは「虚実」から理解する
漢方には独自の診断方法があり、その中心にあるのが「証」という概念です。証とは、患者さんの体質と症状を合わせた現在の体の状態を指します。
証の基本となるのが「虚実」です。虚証と実証の違いを簡単に説明すると、実証は「体力や抵抗力が充実している状態」、虚証は「体力がなく、弱々しい状態」を意味します。
風邪薬として有名な葛根湯を例に考えてみましょう。葛根湯は比較的体力があり、胃腸の丈夫な「実証」の方に適した漢方薬です。胃腸が弱く、すぐにお腹をこわすような「虚証」の方には向きません。同じ風邪でも、患者さんの体質によって処方される漢方薬が異なるのです。
これは服薬指導において重要なポイントです。「葛根湯でお腹をこわしたことがある」という患者さんがいれば、虚証タイプの可能性が高いと判断できます。
| タイプ | 体質・特徴(証) | 適した風邪薬(代表例) | 服薬指導のポイント |
| 実証(ガッチリ型) | ・体力がある ・胃腸が丈夫 ・汗をかきにくい ・筋肉質 | 葛根湯 (かっこんとう) | 「汗をかいて熱を発散させる薬です。食後に温かい飲み物で服用し、体を温めてください」 |
| 虚証(華奢・虚弱型) | ・体力がない ・胃腸が弱い ・すぐ汗をかく ・顔色が優れない | 桂枝湯 (けいしとう) 麻黄附子細辛湯 (まおうぶしさいしんとう) | 「胃腸に負担をかけず、じんわり体を温める薬です。葛根湯などの強い薬は避けてください」 |
「気血水」で体のバランスを捉える
「気血水」は、体のバランスを維持している3つの要素を表す概念です。
気は目に見えないエネルギーで、体を活動的な状態に保つ働きがあります。気が不足すると倦怠感や息切れ、むくみなどの症状が現れます。気が滞ると抑うつ感や咽頭部の不快感が生じます。
血は血液そのものだけでなく、体を栄養する物質や免疫機能を指します。血が不足すると貧血傾向や肌荒れ、爪のトラブルなどが現れます。血が滞ると肩こりや生理痛、シミなどの症状につながります。
水は血液以外の体液すべてを意味します。水が不足するとのどの渇きや皮膚の乾燥が生じ、水が滞るとむくみやめまい、頭重感などが現れます。
これら3つのバランスが取れていることが健康な状態であり、どれかが不足したり滞ったりすると様々な不調が生じるという考え方です。
実務で使える学習ロードマップ【4つのステップ】
ステップ1:頻用処方10種を徹底マスターする
148種類ある医療用漢方製剤すべてを覚える必要はありません。まずは臨床で頻繁に処方される漢方薬を優先的に学びましょう。
調剤薬局でよく見かける漢方薬には、以下のようなものがあります。
葛根湯(かっこんとう)は風邪の初期症状に使われる代表的な処方です。肩こりや頭痛にも適応があります。麻黄が含まれるため、高血圧や心疾患のある患者さんには注意が必要です。
芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)はこむら返りや筋肉のけいれんに即効性があります。ただし甘草の含有量が多いため、偽アルドステロン症のリスクに注意が必要です。
抑肝散(よくかんさん)はイライラや不眠、認知症の周辺症状に使われます。高齢者への処方が多い漢方薬の一つです。
補中益気湯(ほちゅうえっきとう)は疲労倦怠や食欲不振に用いられる「補気剤」の代表格です。術後の体力回復にも処方されます。
加味逍遙散(かみしょうようさん)は更年期障害やイライラ、不安に使われ、女性への処方頻度が高い漢方薬です。
まずはこれらの処方について、適応症状、構成生薬、注意すべき副作用を整理しましょう。
ステップ2:甘草含有製剤の副作用管理をマスターする
漢方薬の副作用で最も重要なのが、甘草による「偽アルドステロン症」です。医療用漢方製剤148品目のうち、甘草を含有しているものは109処方にも上ります。
偽アルドステロン症は低カリウム血症を伴う高血圧を示し、四肢の脱力や筋肉痛、頭重感などの症状が現れます。厚生労働省の重篤副作用疾患別対応マニュアルによれば、初期症状としては手足のしびれ、つっぱり感、こわばりに注意が必要です。
甘草の1日量が2.5gを超えると発症リスクが上がるとされていますが、個人差が大きく、高齢者では1日1g程度でも発症することがあります。論文のメタアナリシス解析によると、甘草1gでの副作用発生率は約1%ですが、6gになると11%まで急激に増加します。
特に芍薬甘草湯は1日量に甘草6gを含むため、長期服用には注意が必要です。複数の漢方薬を併用している場合は、甘草の合計量を必ずチェックしましょう。
たとえば加味逍遙散(甘草1.5〜2g)と葛根湯(甘草2g)と小青竜湯(甘草3g)を同時に服用すると、1日の甘草量は6.5〜7gとなり、高リスク状態になります。
利尿薬やインスリンを使用している患者さんは低カリウム血症を起こしやすく、重篤化しやすいため特に注意が必要です。服薬指導の際には「手足のだるさやしびれ、力が入りにくい感じがあれば、すぐに教えてください」と伝えることが大切です。
| 危険度 | 甘草の1日総量 | リスク管理・対応アクション |
| 注意 | 2.5g以上 | 発症リスクが上がり始めるライン。 高齢者や低カリウム血症の既往がある場合は、初期症状(足のつり、むくみ)の確認を推奨。 |
| 警告 | 6.0g以上 | 副作用発生率が約11%まで急増。 複数の漢方薬併用や、芍薬甘草湯の長期連用で到達しやすい。 処方医への確認や、カリウム値のモニタリングが必要。 |
| 高リスク群 | 併用薬あり | 利尿薬(ラシックス等)、インスリン製剤、グリチルリチン製剤 これらとの併用は低カリウム血症を重篤化させやすいため、甘草の量が少なくても厳重な注意が必要。 |

ステップ3:症例ベースで考える力を養う
教科書的な知識だけでは、実際の患者さんを前にしたときに応用が利きません。症例を通じて考える習慣をつけましょう。
症例A:「葛根湯を飲んだら胃が痛くなった」という患者さん
この訴えがあった場合、まず考えるべきは患者さんの体質です。葛根湯は実証向けの処方であり、虚証の方には合わない可能性があります。胃腸症状が出たということは、この患者さんは虚証タイプかもしれません。
次回、風邪をひいたときには「桂枝湯」のような虚証向けの処方が適している可能性を医師に情報提供できます。
症例B:高齢女性で、足がつりやすいと訴えている患者さん
芍薬甘草湯の処方が出ることが多いケースです。しかし、この患者さんが利尿薬を服用していたり、低カリウム血症の既往があったりする場合は、偽アルドステロン症のリスクが高まります。
処方医への疑義照会を検討するとともに、患者さんには初期症状の説明を丁寧に行いましょう。
症例C:更年期障害で加味逍遙散を服用中、最近イライラがひどくなった
漢方薬は証に合っていないと効果が出ないどころか、症状が悪化することもあります。効果が感じられない場合は、別の処方が適している可能性があります。
この場合、処方医への情報提供として「患者さんの症状変化」を伝えることが重要です。
ステップ4:認定資格取得で専門性を証明する
実務経験を積んだら、「漢方薬・生薬認定薬剤師」の取得を目指しましょう。この資格は日本生薬学会と日本薬剤師研修センターが実施する研修を受け、試験に合格することで取得できます。
資格取得の要件は、9回の講義研修と1回の薬用植物園実習の修了です。論文や学会発表、一定の勤務歴などは必要とされていないため、調剤薬局やドラッグストアに勤務する薬剤師でも目指しやすい認定資格といえます。
日本生薬学会のデータによると、2018年度以前の合格率は90%以上でしたが、2019年度は約77%、2020年度は約70%と難易度が上がっています。過去問は日本薬剤師研修センターのホームページで公開されているため、10年分程度は解いておくことをお勧めします。
認定を取得すれば、患者さんや医師に対して自信を持って漢方薬の情報提供ができるようになります。認定証の掲示やIDカードの着装により、専門性をアピールすることも可能です。

実践的な学習リソースの活用法
日常業務の中で学ぶ
最も効果的な学習法は、日々の調剤業務の中で漢方処方に意識的に向き合うことです。
漢方薬の処方箋が来たら、ただ調剤するだけでなく「なぜこの処方なのか」を考えてみましょう。患者さんの症状、年齢、性別、他に服用している薬との関係を総合的に見る習慣をつけることで、漢方的な考え方が身についていきます。
ある中堅薬剤師がこんな取り組みをしていました。漢方処方が来るたびに、その処方の適応症状と構成生薬を付箋にメモし、調剤室の壁に貼っていたのです。3カ月もすると壁が付箋だらけになりましたが、彼は頻用処方のほとんどを暗記していました。
勉強会やセミナーを活用する
漢方薬メーカーや製薬企業が主催する勉強会は、実践的な知識を得る貴重な機会です。ツムラや小太郎漢方製薬など、各社が定期的にセミナーを開催しています。
これらの勉強会では、臨床での使い方や症例検討が行われることも多く、教科書だけでは得られない実践的な知見を学べます。
書籍による体系的な学習
フローチャート形式で漢方薬を選べる実用書が増えています。症状から適切な漢方薬を導き出す流れが視覚的に理解できるため、初学者にも取り組みやすい内容です。
漢方の理論を深く学びたい場合は、中医学の基礎を解説した書籍にも目を通しましょう。「整体観」「弁証論治」「五臓六腑」といった中医学の概念を理解することで、漢方薬の作用機序がより深く理解できるようになります。

漢方スキルを活かしたキャリアアップの道
専門性で差別化する
漢方に詳しい薬剤師は、転職市場でも高く評価されます。特に以下のような求人では、漢方スキルが歓迎される傾向にあります。
漢方専門薬局や漢方外来のある病院では、漢方の知識を活かせる場面が多くあります。また、健康サポート薬局でもセルフメディケーション支援の一環として漢方相談のニーズが高まっています。
ドラッグストアでは、OTC漢方薬の販売においても漢方の知識が活きます。登録販売者だけでは対応しきれない専門的な相談に応じることで、店舗全体の売上向上にも貢献できます。
かかりつけ薬剤師としての信頼構築
漢方に関する相談に的確に応じられる薬剤師は、患者さんからの信頼を得やすくなります。「この薬剤師さんなら、漢方のことも相談できる」という評判が広がれば、かかりつけ薬剤師の獲得にもつながります。
私が見てきた経験では、漢方に詳しい薬剤師は患者さんとの会話時間が長い傾向にありました。「冷えはありますか」「お腹の調子はどうですか」といった漢方的な問診が、患者さんの潜在的なニーズを引き出すきっかけになっていたのです。
| 項目 | 一般的な薬剤師 | 漢方スキルがある薬剤師 |
| 患者さんからの信頼 | 「薬を渡してくれる人」止まりになりがち | 「体質まで見てくれる相談相手」として指名(かかりつけ)されやすい |
| 医師との連携 | 疑義照会が事務的になりがち | 「証」や副作用の視点から提案型の情報提供ができ、一目置かれる |
| 転職市場での評価 | 経験年数や管理薬剤師要件がメイン | 漢方内科門前や健康サポート薬局など、専門性を求める好条件求人で優遇される |
| AI時代への備え | ピッキング業務は代替されるリスクあり | 問診による「証」の判断補助など、対人業務の付加価値が高く代替されにくい |


漢方学習で陥りがちな3つの落とし穴
落とし穴1:理論にこだわりすぎる
「陰陽五行説を完璧に理解してから実践に移ろう」と考えると、いつまでも実務に活かせません。理論は必要に応じて学べばよく、まずは頻用処方の特徴と注意点を押さえることが先決です。
実際の臨床では、処方医が「証」を判断して漢方薬を処方しています。薬剤師に求められるのは、その処方が患者さんに合っているかどうかを確認し、副作用の初期症状を説明し、服用方法を正しく伝えることです。
落とし穴2:漢方薬は副作用がないと思い込む
「漢方薬は自然由来だから安全」という誤解は根強く残っています。しかし、漢方薬も医薬品である以上、副作用は存在します。
甘草による偽アルドステロン症のほか、黄芩を含む漢方薬による肝機能障害、麻黄を含む漢方薬による動悸や血圧上昇など、注意すべき副作用は多岐にわたります。
患者さんに対しても「漢方薬だから安心」という説明は避け、副作用の可能性について正確に情報提供しましょう。
落とし穴3:西洋薬との相互作用を見落とす
漢方薬と西洋薬の併用時には、相互作用にも注意が必要です。
たとえば、甘草と利尿薬の併用は低カリウム血症のリスクを高めます。麻黄含有製剤とMAO阻害薬の併用は血圧上昇のリスクがあります。
処方監査の際には、漢方薬の構成生薬と他の処方薬との相互作用を確認する習慣をつけましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1:漢方薬は種類が多くて覚えきれません。本当に実務で使えますか?
A: 148種類すべてを暗記する必要は全くありません。記事で紹介した「頻用処方10種」を抑えるだけで、日常業務で出会う処方の約7〜8割はカバーできると言われています。まずは「完璧」を目指さず、明日来るかもしれない1枚の処方箋のために、よく出る薬から特徴を押さえていきましょう。
Q2:認定薬剤師の資格を取れば、給料はすぐに上がりますか?
A: 正直にお伝えすると、資格手当として即座に給与に反映する薬局はまだ多くありません。しかし、「かかりつけ薬剤師」の算定要件を満たしやすくなる点や、漢方相談ができるという希少性は、転職時の「年収交渉」において強力な材料になります。目先の数千円の手当よりも、長期的な「市場価値」を高める投資と考えてください。
Q3:今の職場では漢方処方が全く来ません。それでも勉強すべきですか?
A: 知識として持っておくことは大切ですが、漢方は「経験医学」と言われる通り、実際に患者さんの経過を見ないと身につきにくいのが現実です。「水のないプールで泳ぎを覚える」のが難しいように、本気で漢方スキルを磨きたいのであれば、漢方内科の門前薬局や、漢方相談に力を入れている環境へ身を置くことを検討すべき段階かもしれません。
漢方スキルを武器に、専門性の高いキャリアを築く
漢方の知識は、座学だけでは決して身につきません。「実際に処方に触れ、患者さんの変化を見る」経験こそが最強の学習法です。
しかし、ここで残酷な現実をお伝えしなければなりません。もしあなたが今いる薬局で「漢方処方がほとんど来ない」「門前のドクターが漢方に否定的」だとしたら、あなたの努力は報われにくいでしょう。水のないプールで泳ぎ方を学ぶようなものだからです。
「漢方に詳しい薬剤師になりたい」と本気で願うなら、環境選びが9割です。私が過去に見てきた「漢方エキスパート」たちは、例外なく漢方専門医の門前や、漢方相談に力を入れている薬局で揉まれていました。
あなたの市場価値を高め、患者さんから「あなたでよかった」と言われるために。まずは「漢方を武器にできる環境」がどこにあるのか、情報収集から始めてみませんか?
私が採用責任者として対峙し、「この会社は漢方薬局の内部事情に精通している」「マッチング精度が極めて高い」と信頼を置いているエージェントを厳選しました。漢方スキルを活かせる職場を探すなら、まずはここを確認してください。


