国民皆保険を守るためにできること|医療費適正化に薬剤師が貢献する術

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年間47兆円の医療費、あなたは「自分には関係ない」と思っていませんか?

今の給料から天引きされている健康保険料、その金額が毎年じわじわと上がっていることに気づいているでしょうか。

令和5年度の概算医療費は47.3兆円に達し、前年度から1.3兆円、伸び率にして2.9%増加しました。これは3年連続で過去最高を更新した数字です。75歳以上の医療費は18.8兆円と4.5%増加し、全体に占める割合は39.8%に達しています。

「高齢者が増えているのだから仕方ない」という声もあります。しかし、この数字の裏には、私たち一人ひとりの行動で変えられる部分が確実に存在します。

私は元・調剤薬局チェーンで人事部長を務めていました。採用活動を6年、人事部長としての業務を4年。その間、数えきれないほどの薬剤師と会話し、彼らの働き方を間近で見てきました。

その経験から断言できることがあります。薬剤師は、国民皆保険制度を守るための「最前線の守り手」になれるということです。

しかし残念なことに、その可能性を十分に発揮できている薬剤師は多くありません。日々の調剤業務に追われ、本来持っている専門性を活かしきれていない。これは、薬剤師個人の問題ではなく、職場環境やキャリア選択の問題でもあります。

この記事では、国民皆保険を守るために薬剤師が果たすべき役割と、そのキャリアを実現するための具体的な方法を解説します。


国民皆保険制度が直面している危機の実態

「中福祉・低負担」という構造的矛盾

日本では全国民が公的医療保険への加入が義務付けられており、保険証があれば医療にかかる自己負担は1〜3割程度で済みます。高額な医療を保険適用によって誰でも少ない負担で受けられるこの環境は、世界では当たり前ではありません。

しかし、この制度を維持するコストは年々膨らんでいます。

2025年度から国民健康保険の年間保険料の上限が3万円引き上げられ、医療分を含めると109万円に達することになりました。上限額の引き上げは4年連続です。

現状の日本は、諸外国と比べても給付と負担のバランスが不均衡の「中福祉・低負担」と位置づけられています。つまり、受けられる医療サービスに対して、私たちが支払っている金額は相対的に少ないということです。

この状態が永続するはずがありません。

医療保険制度が破綻したら何が起こるか

もし医療保険制度が破綻してしまったら、保険診療を受けられなくなります。例えば保険適用で自己負担額が3千円程度だったものが、1万円くらいかかるようになります。

国民皆保険制度を取っていないアメリカでは、国民の大半が民間の医療保険に加入していますが、保険料の高騰や失業を理由に無保険者になる人数が増加し、病気やケガを機とする自己破産を招いていることが大きな社会問題になっています。

「アメリカのようにはならない」という保証は、どこにもありません。

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薬剤師が医療費適正化に貢献できる5つの領域

領域1:ポリファーマシー対策による薬物有害事象の防止

「ポリファーマシー」とは、複数の過剰な薬剤が処方されていることによって、患者に不利益が生じる可能性のある状況のことです。単に薬の数が多いことではなく、それによって副作用やのみ忘れなどの問題が発生している状態を指します。

現在、日本では高齢者の約半数がポリファーマシーの状態といわれています。

過去に面談した薬剤師の中に、こんな話をしてくれた方がいました。

「80代の患者さんが、3つの病院から合計12種類の薬を処方されていました。お薬手帳を確認すると、同じ効果の薬が重複していたんです。医師に連絡して処方を整理したところ、8種類まで減らすことができました」

この薬剤師の行動は、患者の健康を守っただけではありません。ポリファーマシー対策による薬剤費削減効果は年間約2000億円にもなるという試算もあります。

2024年度の調剤報酬改定では、重複投薬・相互作用等防止加算について、残薬調整に係るものの場合の点数が30点から20点に見直されました。点数が下がったということは、この業務が「当たり前」になりつつある証拠でもあります。つまり、これからの薬剤師には、残薬調整にとどまらない、より高度な介入が求められているのです。

重複投薬や相互作用の防止目的で処方医へ疑義照会を行い、処方が変更された場合には「重複投薬・相互作用等防止加算(イ:残薬調整に係るもの以外の場合)」として40点を算定できます。

領域2:残薬解消による医療費の無駄遣い防止

日本薬剤師会の推計によると、75歳以上の在宅患者だけでも、薬の飲み残し(残薬)を金額に換算すると年間に約475億円(約500億円)にもなると言われています。これは平成19年度の調査に基づく数字ですが、高齢化が進んだ現在、その規模はさらに拡大している可能性が高いです。

500億円という数字、想像できますか。

これは日本の調剤薬局約62,000軒で割ると、1軒あたり年間約800万円の「無駄」が発生している計算になります。

残薬とは飲み忘れや飲み残しなどで余った薬のことです。薬剤師は残薬を確認し、医師に処方日数の調整を依頼します。これを残薬調整といいます。

残薬が発生する原因は様々です。「うっかり飲み忘れた」「種類が多くて飲めない」「錠剤が大きくて飲みにくい」など、患者によって理由は異なります。

中には、薬を飲まなかったことで症状が改善せず、医師がさらに多くの薬を処方して残薬が増えるという悪循環に陥るケースもあります。

この悪循環を断ち切れるのは、患者と日常的に接点を持つ薬剤師です。

残薬を薬局へ持っていくと、薬剤師が薬の種類や量、使用期限などを確認して医師に連絡し、本来もらうべき薬の数から余っている薬の数を引き算して患者に薬を渡します。この作業を行うことで、薬を捨てることなく有効利用することができます。

領域3:後発医薬品の使用促進による薬剤費削減

厚生労働省によると、後発医薬品の薬局での使用割合(数量ベース)が2024年10月に全国平均で90.1%となり、初めて9割を超えました。

これは大きな進歩です。現在、日本のジェネリック医薬品の使用率は約80%となり、これによる医療費節減効果は約1.6兆円とされています。

後発薬への切り替えが進んでいる理由として、2024年10月から導入された長期収載品の処方に係る選定療養の影響が指摘されています。医療上の必要性がある場合などを除き、同じ成分の後発薬のある先発薬の処方を希望する患者に特別の料金の支払いを求めています。

ただし、後発医薬品の使用促進は、単に「安い薬に変える」という話ではありません。患者が後発医薬品に不安を感じている場合、その不安を解消するのも薬剤師の重要な役割です。

「先発品と同じ効果があるのか不安です」という患者に対して、薬学的根拠に基づいた説明ができるかどうか。これが専門家としての価値です。

令和6年9月に改訂されたロードマップでは、「後発医薬品の金額シェアを2029年度末までに65%以上」とする新たな副次目標が示されました。数量だけでなく金額ベースでの目標が設定されたことは、より高価格帯の後発医薬品への切り替えも求められていることを意味します。

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領域4:減薬提案による薬物治療の最適化

「服用薬剤調整支援料」はポリファーマシー解消を目的とした減薬への取り組みを評価した点数で、減薬提案や、提案の結果減薬を達成した際に算定できる薬学管理料です。

服用薬剤調整支援料1は、内服薬を6種類以上継続して服用中の患者を対象とした、ポリファーマシー解消の取り組みを評価するために2018年に新設されました。

この点数を算定するためには、薬剤師から医師への「減薬提案」が必要です。これは、処方医の判断に対して薬剤師が意見を述べるということであり、専門家としての覚悟が問われる場面でもあります。

服用薬剤調整支援料は、薬局機能の評価基準となる地域支援体制加算を算定する際に必要な実績の一つでもあり、対人業務として今後さらに重要視されていくでしょう。

これまでに見た薬剤師の中で、入社後に大きく成長した人には共通点がありました。それは「医師に対して臆せず提案できる」という姿勢です。

もちろん、医師との関係構築は一朝一夕にはいきません。しかし、エビデンスに基づいた提案を続けることで、信頼関係は必ず築けます。

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領域5:セルフメディケーション支援による受診適正化

健康サポート薬局とは、厚生労働大臣が定める一定基準を満たしている薬局として、かかりつけ薬剤師・薬局の機能に加えて、市販薬や健康食品に関することはもちろん、介護や食事・栄養摂取に関することまで気軽に相談できる薬局のことです。

日本では50歳以上の6割を超える方が、医療機関から処方された薬を服薬していると言われています。本来、セルフメディケーションによりOTC医薬品を用いて対処できる症状でも、医療機関を受診して処方を受ける習慣が定着しています。

「ちょっと風邪気味だから病院に行こう」という行動が、医療費の増大を招いている一因です。

軽微な症状であれば、薬局で相談してOTC医薬品で対応する。症状が改善しない場合や重症化のサインがある場合は、医療機関への受診を勧める。この「トリアージ機能」を担えるのが、地域に根ざした薬剤師です。

健康サポート薬局は全国で3,232軒(令和6年9月末時点)あり、全薬局数の約5%にとどまります。まだまだ普及途上ですが、これは逆に言えば、この分野でキャリアを築くチャンスがあるということでもあります。

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医療費適正化に貢献できる薬剤師になるための実践ステップ

ステップ1:お薬手帳の徹底活用で情報の一元管理を実現する

患者が複数の医療機関を受診している場合、それぞれの処方内容を把握することが重要です。お薬手帳はそのための基本ツールですが、十分に活用されていないケースも少なくありません。

おくすり手帳があれば、他の医療機関で処方された医薬品を確認できますし、多剤併用による重複投与や薬物相互作用を未然に防ぐことができると期待されています。

「お薬手帳を見せてください」と声をかけるだけでなく、「他の病院でもらっているお薬はありませんか?」「サプリメントは飲んでいませんか?」と具体的に確認することが大切です。

ステップ2:疑義照会のスキルを磨き、処方提案ができる薬剤師になる

薬剤師が薬学的観点から必要と認め、処方医に疑義照会した上で処方が変更された場合は、重複投薬・相互作用等防止加算を算定できます。

疑義照会は「単なる確認」ではありません。患者の状態を把握した上で、薬学的根拠に基づいた提案をすることが求められます。

過去、薬剤師に聞いていた質問があります。「直近で行った疑義照会で、処方変更につながった事例を教えてください」というものです。この質問に対して具体的なエピソードを語れる薬剤師は、間違いなく活躍していました。

ステップ3:在宅医療への参画で「見えない残薬」を発見する

薬局で待っているだけでは、患者の自宅にどれだけの残薬があるかは分かりません。在宅訪問によって初めて発見できる「見えない残薬」があるのです。

在宅患者重複投薬・相互作用等防止管理料は、2024年度改定により、処方箋交付前の薬剤師による処方提案に起因する処方変更も評価の対象となりました。

在宅医療に携わることで、薬剤師としての介入の幅が大きく広がります。

ステップ4:かかりつけ薬剤師として患者との信頼関係を構築する

「かかりつけ薬剤師・薬局」とは、薬物療法だけでなく、健康や介護に関することなどに豊富な知識と経験を持ち、適切な指導や患者の相談に応じることができる薬剤師・薬局のことをいいます。

かかりつけ薬剤師になることで、患者との継続的な関係が生まれます。その関係性があるからこそ、「実は薬を飲み忘れることが多くて」「この薬、飲むと調子が悪くなる気がする」といった本音を聞き出すことができるのです。

服薬情報の一元的・継続的な管理により、重複投与や薬の相互作用を防止できます。24時間対応と在宅医療のサポートも、かかりつけ薬剤師の重要な役割です。

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医療費適正化に貢献できる職場環境の選び方

ここまで読んで、「自分もそういう薬剤師になりたい」と思った方もいるでしょう。しかし、現実的な問題として、すべての薬局でこのような取り組みができるわけではありません。

「件数至上主義」の薬局では専門性は発揮できない

私が人事部長時代、採用面接で聞いた前職の退職理由の中で多かったのが「患者と向き合う時間がない」というものでした。

処方箋の枚数をこなすことばかりが求められる職場では、残薬確認や服薬指導に十分な時間をかけることができません。疑義照会をしようとしても「忙しいのに余計なことをするな」という空気が漂っている薬局もあります。

このような環境で働き続けることは、薬剤師としてのキャリアにとってマイナスです。

医療費適正化に積極的な薬局の見分け方

面接の段階で、その薬局が医療費適正化にどれだけ積極的かを見極めることが重要です。

具体的には、以下のような質問をしてみてください。

「重複投薬・相互作用等防止加算の算定実績はどの程度ありますか?」
「服用薬剤調整支援料の算定に向けた取り組みはありますか?」
「在宅訪問の件数と、今後の方針を教えてください」

これらの質問に対して、具体的な数字や取り組み内容を説明できる薬局は、対人業務を重視していると判断できます。

逆に、「そういう加算はあまり算定していない」「在宅はやっていない」という回答だった場合、その薬局で医療費適正化に貢献するキャリアを築くのは難しいかもしれません。

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あなたの専門性は、社会を支える力になる

ここまで読んでいただいた方の中には、「自分にそんな大それた役割が果たせるだろうか」と思っている方もいるかもしれません。

しかし、考えてみてください。残薬を年間500億円削減することは、一人の薬剤師の力では不可能です。しかし、全国約32万人の薬剤師が一人ひとり意識を持って取り組めば、その積み重ねは確実に社会を変えます。

あなたが今日行った残薬確認が、明日の医療費削減につながる。 あなたが今日行った疑義照会が、患者の副作用を防ぐ。 あなたが今日行った服薬指導が、患者のアドヒアランスを向上させる。

これらは決して大げさな話ではありません。薬剤師の日常業務の中に、医療費適正化の種は無数に存在しているのです。

キャリア選択が、あなたの貢献度を左右する

ただし、その種を育てられるかどうかは、働く環境によって大きく左右されます。

処方箋の枚数だけを追いかける薬局で働いていては、専門性を発揮する機会は限られます。一方、対人業務を重視し、在宅医療にも積極的な薬局であれば、薬剤師としての可能性は大きく広がります。

今の職場環境に満足していますか? 専門家としてのスキルを活かせていますか? 5年後、10年後のキャリアをイメージできますか?

もし一つでも「NO」があるなら、環境を変えることを検討してみてください。それは逃げではありません。より大きな貢献ができる場所を探すという、前向きな選択です。

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あなたの市場価値は、あなたが思っている以上に高い

最後にお伝えしたいことがあります。

医療費適正化に貢献できる薬剤師は、市場価値が高いということです。

高齢化が進み、ポリファーマシーが医療における大きな問題となる中、薬剤師が適切に減薬に関わっていくことが期待されています。

かかりつけ薬剤師・薬局の役割はさらに広がり、予防医療やセルフメディケーションなどの未病領域から看護の領域まで、患者の病気と健康に関するより広範囲な職務へ発展していくものと考えられます。

つまり、今この記事で解説したスキルを持つ薬剤師は、今後ますます求められるようになるということです。

今の環境で悩み続けたあなたを、誰も責めることはできません。しかし、その悩みを抱えたまま立ち止まっている時間はもったいない。あなたには、もっと活躍できる場所があります。

国民皆保険制度を守るために、あなたの専門性を活かしてください。それが、薬剤師という職業を選んだあなたにしかできない社会貢献です。

私が人事部長時代、実際に「交渉力が高く、信頼できる」と感じたエージェントについては、以下の記事で実名を挙げて解説しています。失敗したくない方は、必ずチェックしてください。

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この記事を書いた人

調剤薬局チェーン元人事部長・薬剤師・中小企業診断士。
約4年間、人事責任者として薬剤師の採用・評価制度設計に従事。大手を中心に20社以上の紹介会社と折衝し、採用の舞台裏から「紹介会社の実力差」を熟知する。現在は経営コンサルタントとして、調剤薬局の採用戦略や人事考課制度の設計支援を行う一方、薬剤師個人のキャリア支援も行っている。採用側と求職側、双方の視点を持つ「情報の非対称性を解消する」解説に定評がある。

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