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立つ鳥跡を濁さず、が次のキャリアを輝かせる
転職が決まったあなたに、今すぐ考えていただきたいことがあります。
退職時の引継ぎ、本当にこれで大丈夫ですか?
私が人事部長として数多くの退職者を見送ってきた中で、最も印象に残るのは「去り際の美しさ」でした。丁寧な引継ぎをした薬剤師は、退職後も良好な関係を保ち、将来的に別の形で再び一緒に働くケースさえありました。
一方で、引継ぎを疎かにした薬剤師は、業界内で「あの人は最後が雑だった」という評判が広まり、次の職場でも思わぬ影響を受けることがあったのです。
薬剤師業界は想像以上に狭い世界です。あなたが去った後も、前職の上司や同僚とは学会や研修会、勉強会で顔を合わせる機会があります。転職先の薬局長が、実はあなたの前職の同僚と知り合いだった、というケースも珍しくありません。
だからこそ、引継ぎは「次のキャリアへの投資」なのです。
この記事では、元調剤薬局チェーン人事部長として、後任者と職場に心から感謝される引継ぎ書の作り方と、円満退職を実現する引継ぎのポイントを、実務経験に基づいて詳しく解説します。
転職という新しい挑戦に集中するためにも、前職での評価を落とさないためにも、最後まで丁寧に読んでいただければと思います。
なぜ引継ぎ書が重要なのか|人事部長が見てきた「去り際」の真実
引継ぎの質が、あなたの市場価値を左右する
退職時の引継ぎを軽視する薬剤師がいますが、これは大きな間違いです。
私が人事部長として最も注目していたのは、退職者の「去り際の姿勢」でした。なぜなら、それが本人の仕事に対する誠実さを如実に表すからです。
実際に、ある薬剤師Cさんのケースをお話しします。
Cさんは優秀な薬剤師でしたが、転職が決まった途端に態度が変わりました。「どうせもうすぐ辞めるし」という言葉が口癖になり、引継ぎ書も箇条書きで数ページ。後任者からの質問にも「前に言ったはずです」と冷たい対応でした。
数年後、Cさんは別の薬局への転職を希望し、私の部下が面接を担当することになりました。前職の薬局長に照会をかけたところ、「仕事はできるが、最後の引継ぎが雑で困った。またそうなるのでは」という評価が返ってきたのです。
結果として、Cさんの採用は見送られました。
逆に、丁寧な引継ぎをした薬剤師Dさんは、退職後も前職から「戻ってきてほしい」と何度もオファーを受け、実際に条件の良いポジションで復帰した例もあります。
引継ぎの質は、あなたの「プロフェッショナルとしての姿勢」を証明する最後のチャンスなのです。
後任者の負担が、業界内の評判を作る
薬剤師業界では、「あの薬局から来た人は引継ぎがしっかりしている」という評判が存在します。
これは個人の評判だけでなく、出身薬局全体のイメージにも影響します。つまり、あなたの引継ぎの質が、後輩薬剤師のキャリアにも影響を与える可能性があるということです。
私が人事部長として採用面接を行う際、前職での引継ぎ状況を必ず確認していました。「前任者からどのような引継ぎを受けましたか」という質問に対する答えで、その薬剤師の姿勢が見えてくるからです。
「前任者が詳細なマニュアルを残してくれて助かった」と答える薬剤師は、自分も同じように丁寧な引継ぎをする傾向があります。一方、「ほとんど何も教えてもらえなかった」と不満を述べる薬剤師は、自分も同じミスを繰り返す可能性が高いのです。
ポイント1:引継ぎ書は「マニュアル」ではなく「ガイドブック」として作成する
後任者の視点で考える引継ぎ書の構成
多くの薬剤師が犯す最大の間違いは、引継ぎ書を「業務の羅列」にしてしまうことです。
私が推奨するのは、後任者が「困ったときに開く辞書」のような引継ぎ書です。具体的には、以下の構成を基本とします。
【引継ぎ書の基本構成】
- 全体像の把握(1-2ページ)
- 担当業務の全体像と1日の流れ
- 月次・年次で発生する業務の一覧
- 重要度と緊急度のマトリクス
- 日常業務の詳細(3-5ページ)
- 開局・閉局の手順
- 調剤業務での注意点
- よくある質問と回答
- 定期業務の詳細(3-5ページ)
- 月次業務(在庫管理、発注、報告書作成など)
- 年次業務(棚卸、保険対応など)
- 各業務のチェックリスト
- イレギュラー対応(2-3ページ)
- トラブル事例と対処法
- 緊急連絡先一覧
- 判断に迷ったときの相談先
- 人間関係・コミュニケーションのポイント(1-2ページ)
- 医師・看護師との連携方法
- 患者さんの特性と対応のコツ
- 社内の相談しやすい人物
この構成のポイントは、「困ったときに該当ページをすぐに開ける」ことです。
「暗黙知」を「形式知」に変換する技術
私が人事部長として最も評価したのは、「当たり前のことを言語化できる力」でした。
ある薬剤師Eさんの引継ぎ書には、こんな記載がありました。
「Dr.○○は朝一番の処方箋は機嫌が悪いことが多いので、疑義照会は午後がベター。ただし木曜午後は学会で不在のため、その場合は午前中でも丁寧に確認すれば問題なし」
これは一見些細な情報に見えますが、後任者にとっては極めて重要な「生きた情報」です。こうした暗黙知を形式知に変換することで、後任者のストレスを大幅に軽減できるのです。
【暗黙知を言語化する具体例】
- 「この患者さんは薬の説明を詳しく聞きたいタイプ」
- 「この医師は電話での疑義照会を嫌うので、FAXがベター」
- 「この時間帯は混雑するので、事前に準備しておくとスムーズ」
- 「この業務は月末に集中するため、月初から準備を始めるべき」
こうした情報を盛り込むことで、引継ぎ書は単なる業務マニュアルから、後任者を支える「先輩の知恵」に変わります。
ポイント2:引継ぎスケジュールは「逆算思考」で設計する
退職日から逆算した引継ぎ計画
引継ぎで失敗する薬剤師の多くは、「退職日までに間に合えばいい」と考えています。
しかし、これは大きな間違いです。後任者が業務を習得し、自信を持って独り立ちするまでには、想像以上に時間がかかります。
私が推奨する引継ぎスケジュールは、以下の通りです。
【理想的な引継ぎスケジュール(退職日の2ヶ月前から)】
退職2ヶ月前
- 引継ぎ書の初稿作成開始
- 業務の棚卸と優先順位の整理
- 薬局長への引継ぎ計画の提出
退職1.5ヶ月前
- 引継ぎ書の完成(8割程度)
- 後任者への業務説明開始(座学)
- 月次業務の同行・観察
退職1ヶ月前
- 実務での引継ぎ開始(OJT)
- 後任者の疑問点を引継ぎ書に追記
- トラブル対応の実践練習
退職2週間前
- 後任者の独り立ち(見守り)
- イレギュラー対応の最終確認
- 引継ぎ書の最終版完成
退職1週間前
- 関係者への挨拶回り
- 最終的な質疑応答
- 緊急連絡先の共有
この逆算スケジュールのポイントは、「後任者が一人で業務をこなせる期間を、退職前に確保する」ことです。
「引継ぎノート」を活用した並走期間の作り方
私が人事部長時代に推奨していたのは、「引継ぎノート」の活用です。
これは、後任者が日々の疑問や気づきを書き込むノートで、あなたが退職前に全て回答していくものです。
ある薬剤師Fさんは、このノートを徹底的に活用しました。後任者が「この業務の意味がわからない」「この判断基準を教えてほしい」と書き込むたびに、Fさんは具体的な事例を交えて丁寧に回答していきました。
退職時、後任者はFさんにこう言いました。「このノートは私の宝物です。困ったときは必ずこれを見返します」
その後任者は、半年後には薬局のエースとして活躍するようになり、Fさんの引継ぎの質の高さは社内で語り草になりました。
ポイント3:「文書化できないこと」をどう伝えるか
引継ぎ書に書けない「空気感」の伝え方
どれだけ詳細な引継ぎ書を作成しても、伝えきれないことがあります。
それは、職場の「空気感」や「人間関係の機微」です。
私が人事部長として見てきた優秀な引継ぎ者は、この「文書化できないこと」を伝える工夫をしていました。
具体的には、以下のような方法です。
【空気感を伝える具体的な方法】
- ロールプレイング形式の実践
- 実際の患者さんとのやり取りを再現
- 医師への疑義照会の電話を隣で聞いてもらう
- トラブル対応のシミュレーション
- 第三者を交えた引継ぎ
- 薬局長や先輩薬剤師に同席してもらう
- 他のスタッフからも情報提供してもらう
- 複数の視点で職場の特徴を説明
- 引継ぎ期間中の「振り返りミーティング」
- 毎週1回、30分程度の振り返りの時間を設定
- 後任者の不安や疑問を丁寧に聞き出す
- あなた自身の経験談を共有する
ある薬剤師Gさんは、後任者に「最初の1ヶ月は、わからないことがあったらいつでも携帯に連絡してください」と伝えました。実際、退職後も数回の電話相談に応じ、後任者の不安を解消しました。
この対応が評価され、Gさんは前職からの推薦状を受け取り、次の転職活動で大きなアドバンテージを得ることができました。
引継ぎ動画の活用
最近、私が注目しているのは「引継ぎ動画」の活用です。
スマートフォンで撮影した短い動画を何本か残すことで、文字では伝わりにくい業務のコツや手順を視覚的に伝えられます。
【引継ぎ動画の活用例】
- 開局・閉局の手順(5分程度)
- 複雑な調剤業務の実演(3分程度)
- 医薬品の保管場所ツアー(5分程度)
- トラブル対応のデモンストレーション(3分程度)
ただし、個人情報や機密情報が映り込まないよう、十分注意してください。撮影前には必ず薬局長の許可を得ることが必須です。
ポイント4:引継ぎ期間中に「やってはいけないこと」
後任者を不安にさせるNG行動
引継ぎ期間中、あなたの何気ない言動が後任者を不安にさせることがあります。
私が人事部長として相談を受けた中で、最も多かったのが「前任者の愚痴を聞かされて困った」というものでした。
【引継ぎ期間中の絶対NG行動】
- 職場や上司の悪口を言う 「ここの薬局長は話を聞かないから大変だよ」といった愚痴は、後任者を不安にさせるだけです。建設的な情報提供に徹してください。
- 「この仕事は無理だった」と弱音を吐く あなたが苦手だったことを強調すると、後任者は「自分にもできないかも」と不安になります。むしろ、「最初は大変だったけど、こうすればうまくいく」というポジティブな伝え方を心がけてください。
- 引継ぎを途中で投げ出す 「あとは自分で覚えて」という姿勢は最悪です。最後まで責任を持って引継ぎを完遂してください。
- 後任者の質問を面倒がる 「それ、前にも言いましたよね」という態度は厳禁です。後任者は不安の中で必死に学んでいます。何度でも丁寧に答える姿勢が重要です。
ある薬剤師Hさんは、引継ぎ期間中に「この薬局、本当に大変だから覚悟しておいた方がいいよ」と後任者に言い続けました。その結果、後任者は初日から強いストレスを感じ、3ヶ月で退職してしまいました。
薬局長は「Hさんの引継ぎが悪かった」と評価し、その情報は業界内で共有されることになりました。
「引継ぎハラスメント」にならないために
引継ぎ期間中、あなたは「先輩」として後任者より優位な立場にいます。
この立場を利用した高圧的な態度や、過度な要求は「引継ぎハラスメント」と受け取られる可能性があります。
私が人事部長として対応したケースでは、「前任者が毎日残業を強要して引継ぎをさせた」「休憩時間も引継ぎで潰された」という相談がありました。
引継ぎは業務時間内に行うのが原則です。どうしても時間が足りない場合は、薬局長に相談して適切な時間を確保してもらいましょう。
ポイント5:引継ぎ後のフォローアップが円満退職の鍵
退職後も続く「見えない評価」
あなたが職場を去った後も、評価は続きます。
後任者がスムーズに業務をこなせているか、あなたの引継ぎが役立っているか。これらは全て、あなたの「仕事の質」として記憶されるのです。
私が推奨するのは、退職後1ヶ月間は「緊急連絡可能」な状態を保つことです。
もちろん、新しい職場での業務が最優先ですが、前職からの緊急の問い合わせに対応できる余裕を持っておくことで、あなたの評価は大きく上がります。
ある薬剤師Iさんは、退職後も「困ったときはいつでも連絡してください」というメッセージを後任者に送りました。実際に2回ほど電話相談に応じたところ、薬局長から感謝の手紙が届きました。
その後、Iさんが別の転職を考えた際、前職の薬局長が推薦状を書いてくれたことで、希望の職場に転職することができました。
「転職エージェント」を活用した円満退職のサポート
引継ぎや円満退職に不安がある場合、転職エージェントのサポートを受けることも有効です。優れた転職エージェントは、退職時の引継ぎアドバイスや、職場との交渉サポートも提供しています。
私が薬剤師の皆さんに推奨しているのは、以下の3社です。
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これらの転職エージェントは、あなたのキャリアを長期的に支援するパートナーです。引継ぎや退職の相談も含めて、気軽に活用してください。
引継ぎを「次のキャリアへの投資」と捉える
ここまで、後任者と職場に感謝される引継ぎ書の作り方と、引継ぎのポイントを解説してきました。最後に、私があなたに伝えたいことがあります。
引継ぎは、決して「面倒な義務」ではありません。それは、あなたの「プロフェッショナルとしての価値」を証明する、最後で最高の機会なのです。私が人事部長として見てきた優秀な薬剤師は、例外なく「去り際が美しい」人たちでした。彼らは引継ぎに手を抜かず、後任者を心から応援し、職場に感謝の気持ちを伝えて去っていきました。
そして、その姿勢が評価され、次のキャリアでも大きな成功を収めていったのです。あなたが今、転職という新しい挑戦に踏み出そうとしていることを、私は心から応援しています。
しかし、その挑戦を成功させるためには、前職での「完璧な引継ぎ」が不可欠です。それは、あなたの市場価値を守り、業界内での評判を高め、将来のキャリアの選択肢を広げる投資なのです。引継ぎ書を丁寧に作成し、後任者に寄り添い、職場に感謝を伝える。その全てが、あなたの次のキャリアを輝かせる基盤となります。
私がこの記事で伝えたポイントを実践すれば、あなたは必ず「あの人の引継ぎは素晴らしかった」と語られる存在になれます。そして、その評判が、あなたの次のキャリアを、そしてその次のキャリアを、力強く支えてくれるはずです。

