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「全員に好かれる管理薬剤師」は本当に優秀なのか
「スタッフ全員に好かれたい」「誰からも嫌われたくない」
管理薬剤師として働く多くの方が、この思いを抱えているのではないでしょうか。
私は調剤薬局チェーンで人事部長として、採用と人事評価の最前線に立ってきました。その中で、数多くの管理薬剤師を見てきましたが、興味深い事実に気づきました。 「全員から好かれている管理薬剤師」よりも、「必要なときに厳しいことを言える管理薬剤師」の方が、結果的にチームの定着率が高く、業績も安定しているのです。
厚生労働省「第24回医療経済実態調査」によると、管理薬剤師の平均年収は約735万円、一般薬剤師の約487万円と比較して約250万円の差があります。この差は単なる業務量の違いではありません。管理薬剤師には「判断」と「決断」という、精神的な負荷を伴う責任が求められているのです。
転職理由として「人間関係」を挙げる薬剤師は少なくありません。エムスリーキャリアの調査では、転職理由の第2位に「人間関係に不満」(14%)がランクインしています。しかし、人間関係を理由に転職を繰り返しても、根本的な解決には至らないケースが多いのが現実です。
本記事では、管理薬剤師が「嫌われる勇気」を適切に発揮しながら、チームを健全にマネジメントするための具体的な戦略を解説します。
管理薬剤師が「嫌われる勇気」を持つべき本質的な理由
「好かれること」と「正しいこと」は同時に成立しない場面がある
私が人事部長時代に経験した話です。
ある店舗の管理薬剤師Aさんは、スタッフ全員から慕われる人柄の良い方でした。しかし、その店舗では調剤過誤が他店舗の約2倍発生していました。原因を調査すると、Aさんが「嫌われたくない」という思いから、スタッフのミスを指摘できず、再発防止のための厳しいフィードバックを避けていたことが判明したのです。
「あの人は優しい」という評価と「あの人の下で働くと成長できる」という評価は、実は両立しないことがあります。
アドラー心理学の「課題の分離」という概念は、このような状況を理解するのに役立ちます。『嫌われる勇気』の著者・岸見一郎氏は「嫌われることを恐れるな」と述べています。これは「嫌われなさい」という意味ではなく、正しいことを行った結果として嫌われることを恐れるな、という意味なのです。
管理薬剤師が指摘を行った結果、相手がどう感じるかは「相手の課題」です。しかし、患者の安全を守るために必要な指摘を行うかどうかは「管理薬剤師自身の課題」なのです。
年収735万円の責任とは何か
| 比較項目 | 管理薬剤師 | 一般薬剤師 | 差分の意味 |
| 平均年収 | 約735万円 | 約487万円 | +248万円(判断と責任の対価) |
| 法的責任 | 意見申述義務 医薬品管理責任 従業員監督義務 | 調剤・監査業務 服薬指導義務 | 社長に対しても「NO」を言う法的義務があるか |
| 求められる能力 | 決断力・対人折衝力 (嫌われる勇気) | 正確性・スピード (調剤技術) | チーム全体の結果責任を負えるか |
| ストレスの質 | 孤独・判断の重圧 | 業務量・対人関係 | 管理職の孤独に耐えうるかが給与の差 |
※出典:厚生労働省「第24回医療経済実態調査」データを基に作成
管理薬剤師の年収が一般薬剤師より高い理由は、単に業務量が多いからではありません。「判断の責任」と「孤独に耐える力」が求められるからです。
厚生労働省「薬局開設者及び医薬品の販売業者の法令遵守に関するガイドライン」では、管理薬剤師の推奨要件として「薬局における5年以上の実務経験」と「認定薬剤師資格の取得」が挙げられています。これは単なる知識や技術だけでなく、経験に裏打ちされた「判断力」が求められていることの表れです。
管理薬剤師に法的に課せられている責務には、医薬品の管理、従業員の監督、そして薬局開設者への意見申述義務があります。この「意見申述義務」は特に重要で、薬局運営に問題があれば、たとえ開設者(社長)に対してであっても意見を述べる義務があるのです。
「嫌われたくないから言わない」という選択肢は、管理薬剤師には許されていないことをまず認識してください。

「嫌われる勇気」を発揮すべき3つの「修羅場」
管理薬剤師が直面するのは、教科書的な「遅刻の注意」だけではありません。もっと根深く、人間関係の摩擦を避けられない場面があります。ここで逃げるか、踏み止まるかが、あなたの管理薬剤師としての真価を決めます。
場面1:古参スタッフの「俺流ルール(ハウスルール)」をへし折る時
どこの店舗にも、歴代の管理薬剤師が黙認してきた「古株スタッフ独自のやり方」が存在します。「昔からこの手順で問題なかった」「こっちの方が早い」そう主張された時こそ、嫌われる勇気の出しどころです。
- 監査手順の省略
- 予製時の独自ルール
- 特定の患者さんへの過度な特別扱い
これらは「効率」の名を借りた「リスク」です。新任管理者が古参スタッフに気を使って、危険なハウスルールを放置した結果生じたトラブルは少なくありません。「今日からそのやり方は禁止です。私が責任を持ちますから、標準手順に戻してください」。この一言が言えるかどうかが、最初の分かれ道です。
場面2:薬歴の「コピペ・手抜き」を突き返す時
「Do処方だから」「忙しいから」といって、前回の薬歴を漫然とコピー&ペーストするスタッフがいます。これを「みんな忙しいから仕方ない」と見逃すのは、優しさではなく「共犯」です。
薬歴は単なるメモではなく、調剤報酬の根拠であり、訴訟時の証拠書類です。「何かあった時、この記載ではあなたを守れません」とはっきり伝え、書き直しを命じること。一時的にスタッフから煙たがられても、監査や個別指導の場で恥をかく(あるいは返還請求を受ける)ことからチームを守るための、必要な厳しさです。
場面3:利益至上主義の社長に「NO」を突きつける時
中小規模の薬局や、非薬剤師が経営者の場合、時に現場の安全を無視した「利益追求」を求められることがあります。
- 無理な人員削減(ワンオペの常態化)
- 実態の伴わない加算取得の強要
- 在庫圧縮のための過度な採用薬制限
ここで「社長が言うから」と従う管理薬剤師は、管理者失格です。薬機法は管理薬剤師に「意見申述義務」を課しています。これは権利ではなく「義務」です。「その指示は薬事法規に抵触する恐れがあります」「患者の安全が担保できないため、その人員配置には同意できません」と、社長に嫌われることを恐れず断言してください。あなたの薬剤師免許は、社長の利益のためにあるのではありません。患者さんの命を守るためにあるのです。
| 場面(修羅場) | 嫌われたくない対応(NG) | 嫌われる勇気の対応(OK例) | 守られるもの |
| 1. 古参の独自ルール | 「○○さんのやりやすい方法でいいですよ」 (思考停止) | 「今日からそのやり方は禁止です。私が責任を持ちますから、標準手順に戻してください」 | 患者の安全 (事故防止) |
| 2. 薬歴の手抜き | 「忙しいからDo処方はコピペでも仕方ないね」 (共犯関係) | 「何かあった時、この記載ではあなたを守れません。書き直してください」 | 薬剤師免許 (個別指導対策) |
| 3. 社長の無理な要求 | 「社長が言うならやるしかない」 (隷属) | 「その指示は薬機法に抵触する恐れがあります。管理者として同意できません」 | 薬局の存続 (営業停止回避) |
「嫌われる勇気」と「パワハラ」の境界線を理解する
アドラー心理学が教える「課題の分離」の正しい活用法
「嫌われる勇気」を誤解して、高圧的な態度で接する管理薬剤師がいます。これは完全な誤りです。
アドラー心理学における「嫌われる勇気」とは、「正しいことを行った結果として嫌われることを恐れない」という意味であり、「相手を傷つけることを厭わない」という意味ではありません。
パワハラとの境界線は明確です。
| 行動パターン | 事なかれ主義(NG) | 嫌われる勇気(正解) | パワハラ(犯罪) |
| 目的 | 自分が嫌われたくない | 患者の安全・チームの成長 | 自分のストレス発散・誇示 |
| 指摘の対象 | 指摘しない(見て見ぬ振り) | 事実・行動・基準 (FIEモデル) | 人格・能力・性格 |
| 伝える感情 | 恐怖・遠慮 | 冷静・ドライ・論理 | 怒り・軽蔑・無視 |
| チームへの影響 | 規律の崩壊・重大事故の予兆 | 心理的安全性の確保 (基準が明確で安心) | 萎縮・隠蔽・大量離職 |
| アドラー心理学 | 課題の分離ができていない | 共同体感覚に基づく貢献 | 相手を支配しようとする行為 |
指導の目的が「相手の成長」であれば適切な指導です。しかし、目的が「自分の優位性を示す」「ストレス発散」であればパワハラに該当する可能性があります。
具体的には、個人の人格を否定する発言、他のスタッフの前での叱責、改善の余地を示さない批判、これらはすべて「嫌われる勇気」ではなく「ハラスメント」です。
「共同体感覚」という視点
アドラー心理学では「共同体感覚」という概念を重視します。これは「自分の行動が共同体全体の利益につながっているか」という視点です。
管理薬剤師の「嫌われる勇気」が正当化されるのは、その行動が「患者の安全」「チームの成長」「薬局の健全な運営」につながる場合に限られます。
私が人事部長時代に見てきた優秀な管理薬剤師は、常に「これは誰のためになるのか」という視点を持っていました。その視点があれば、厳しい指摘であっても、相手に伝わるものです。
実践編:現場で信頼を勝ち取る「嫌われる勇気」3つの鉄則
教科書的な「褒めてから叱る(サンドイッチ法)」などの小手先のテクニックは、医療現場では忘れてください。命を預かる現場において、曖昧な指示はリスクでしかありません。私が多くの「信頼される管理薬剤師」を見てきて共通していた、薬剤師の気質に特化したマネジメント手法を3つ紹介します。
鉄則1:感情を排し「事実・影響・基準」だけを伝える
指導の際、「言いづらいな」「傷つけないかな」というあなたの感情ノイズは、受け手にとって「迷い」として伝わります。医療安全の観点から、以下の3点(FIEモデル)だけを淡々と伝えてください。
- Fact(事実): 「ピッキングの際、規格の確認工程が抜けていました」
- Impact(影響): 「そのまま交付すれば、患者さんの健康被害はもちろん、あなたの免許にも傷がつきます」
- Standard(基準): 「当薬局のルールはダブルチェック必須です。例外なく遵守してください」
ここには「怒り」も「過度な気遣い」も不要です。あるのは「プロとして基準を守る」という契約だけです。このドライさが、逆にスタッフに「仕事としての指摘」であることを認識させ、心理的な安全性を担保します。
鉄則2:「感覚」ではなく「数字(エビデンス)」で語る
薬剤師は本来、科学者(サイエンティスト)です。「もっと早くやって」「なるべく丁寧に」といった文学的な表現よりも、明確な「数字」に納得する習性があります。
- × 「最近、待ち時間が長いから急いで」
- 〇 「先月のデータで、平均待ち時間が前年比で5分延びています。これを3分短縮するために、予製フローを見直します」
- × 「ミスが多いから気をつけて」
- 〇 「今月、監査でのヒヤリハットが3件続いています。すべて14時〜15時の休憩交代の時間帯です」
「私の意見」ではなく「データという事実」を突きつけることで、反発の余地をなくします。感情論で対立せず、データ(事実)を共通の敵に設定して、チームで解決する姿勢を見せてください。
鉄則3:「外」に対して嫌われる勇気を見せ、防波堤となる
これが最も重要です。内部のスタッフに厳しく接するためには、「この人は私たちを守ってくれる」という絶対的な信頼貯金が必要です。その貯金は、患者さんや処方元といった「外部」に対してこそ、毅然とした態度(嫌われる勇気)を示すことで貯まります。
- 理不尽な要求をする患者からスタッフを守るために、管理者が前面に出て対応する。
- 疑義照会で医師が高圧的であっても、患者の安全のために引かずに意見を述べる。
「外からの攻撃には盾となり、内側の規律には厳格である」。この姿勢が見えたとき、スタッフはあなたの「厳しさ」を「愛のある指導」として受け入れます。
外ではペコペコしているのに中では偉そうな管理者は、軽蔑されるだけです。まず、外に向かって戦う背中を見せてください。
「嫌われる勇気」を持った管理薬剤師のキャリア戦略
適切な「嫌われる勇気」は市場価値を高める
人事部長として多くの採用面接を行ってきた経験から断言できます。「適切に厳しいことを言える管理薬剤師」は、転職市場で高く評価されます。
なぜなら、そのような人材は「チームを成長させる力」を持っているからです。調剤薬局チェーンが最も求めているのは、「スタッフに好かれるだけの管理薬剤師」ではなく、「チームの成果を出せる管理薬剤師」なのです。
エリアマネージャーへの道
管理薬剤師として「嫌われる勇気」を適切に発揮できる人材は、エリアマネージャーやスーパーバイザーへの昇進候補となります。
複数店舗を管理する立場では、「人に嫌われることを恐れて判断を先送りにする」タイプは不適格です。迅速に判断し、その結果に責任を持てる人材が求められます。

「嫌われる勇気」を発揮しやすい職場環境の選び方
すべての職場で「嫌われる勇気」が評価されるわけではありません。ワンマン経営者の下では、正しい意見を述べることがキャリアを損なうリスクもあります。
転職を検討する際は、以下の点を確認してください。
評価制度が明確で、成果に基づいた評価が行われているかどうか。経営陣が現場の意見に耳を傾ける風土があるかどうか。管理薬剤師に適切な権限が与えられているかどうか。
これらの情報は、求人票だけでは分かりません。転職エージェントを活用して、内部の情報を収集することをお勧めします。
私が人事部長時代、実際に『交渉力が高く、信頼できる』と感じたエージェントについては、以下の記事で実名を挙げて解説しています。失敗したくない方は、必ずチェックしてください。

「嫌われる勇気」を支える心のケア
孤独と向き合う方法
管理薬剤師という立場は、本質的に孤独を伴います。この孤独感と向き合うために、いくつかの方法をお伝えします。
同じ立場の仲間とつながることが重要です。他店舗の管理薬剤師や薬剤師会の勉強会などで、同じ悩みを共有できる仲間を見つけてください。
また、仕事以外の自分の時間を大切にすることも必要です。趣味や家族との時間など、仕事から離れてリフレッシュできる時間を意識的に確保してください。
燃え尽きを防ぐセルフケア
「嫌われる勇気」を発揮し続けることは、精神的なエネルギーを消耗します。燃え尽きを防ぐために、以下の習慣を取り入れてください。
週に一度は「完全オフ」の日を作ること。睡眠時間を確保すること(7時間以上が理想)。信頼できる人に愚痴を言える関係を持つこと。
私自身、過去にこれらのセルフケアを怠った結果、過労で倒れた経験があります。管理職こそ、自分自身のケアを最優先にしてください。

管理薬剤師としての未来を切り拓くために
「嫌われる勇気」を持つことは、決して「冷たい人間になれ」という意味ではありません。むしろ、本当の意味でチームと患者を大切にするための「勇気」なのです。
私が見てきた中で、最も尊敬される管理薬剤師は、「厳しいけれど、人として温かい」人でした。厳しさと温かさは矛盾しません。むしろ、本当に相手のことを思うからこそ、厳しいことを言えるのです。
今の環境で悩み続けてきたあなたを、誰も責めることはできません。しかし、このままでいいのかという問いに向き合う時が来ているのかもしれません。
「嫌われる勇気」を適切に発揮できる管理薬剤師は、どの職場でも必要とされています。あなたの市場価値は、あなたが思っているよりずっと高いのです。
もし今の職場で「嫌われる勇気」を発揮することが難しい環境であれば、その環境を変えることも選択肢の一つです。
正直にお伝えします。12月10日のボーナス支給後は、一年で最も転職希望者が増える人材争奪戦のピークです。 完全週休二日制かつ年収650万以上の求人、本当に残業のない求人は、すぐに埋まってしまう恐れがあります。残り物で妥協しないよう、年内に「求人の枠(席)」だけは確保してください。
ただし、焦って変なエージェントを選ばないでください。
私は人事責任者として、大手を中心に20社以上の紹介会社と渡り合ってきました。その中で、「この担当者は信用できる」「求職者の利益を第一に考えている」と私が裏側から認定できたのは、わずか数社しかありません。
彼らは、私が求人者として「担当者の固定化」などの厳しい要望を出しても誠実に対応し、何より薬局側にとって都合の悪い情報(実際の残業時間や離職率の高さ)まで、求職者に包み隠さず伝えていました。
あなたの市場価値を正当に評価してくれる職場を見抜くために、私が人事の裏側から見て「本物だ」と確信したエージェントとその理由を記事にしました。転職に失敗したくない方はぜひご覧ください。
あなたの薬剤師としてのキャリアが、より良い方向に進むことを心から願っています。
あなたの「嫌われる勇気」は、きっと誰かの成長を支え、患者さんの安全を守り、薬局という組織を健全にする力になります。その勇気を持って、一歩を踏み出してください。

