2025年12月時点の情報です
「地域密着の薬局で患者さんとじっくり向き合いたい」「大手チェーンの数字に追われる働き方から解放されたい」
そんな思いから中小薬局への転職を検討している方は少なくないでしょう。
私は調剤薬局チェーンで採用6年、人事部長4年の経験があります。その間、数多くの入社と退職を見てきましたが、「中小への転職で失敗した」と嘆く薬剤師には、残酷なまでの共通点がありました。
それは「経営者の年齢」を確認せずに入社していたということです。
「年収は良かったのに、入社2年目でM&Aされて待遇が激変した」「社長が体調を崩して薬局が閉鎖になり、また転職活動をする羽目になった」
このような声を、私は何度も聞いてきました。
今、中小企業の経営者高齢化は深刻な社会問題になっています。帝国データバンクの調査によれば、全国の社長の平均年齢は60歳を超え、30年以上連続で過去最高を更新し続けています。調剤薬局業界も例外ではありません。
この記事では、なぜ中小薬局への転職で経営者の年齢確認が重要なのか、そしてどのように確認すべきかを、人事部長として培った知見からお伝えします。
中小企業経営者の高齢化が薬剤師キャリアに与える影響
まず、中小企業経営者の高齢化がどれほど深刻な状況にあるかを、公的データから確認しましょう。
中小企業庁の「2024年版中小企業白書」によれば、2023年時点で経営者年齢が70歳以上である企業の割合は2000年以降で最高となっています。かつて2000年には「50〜54歳」がボリュームゾーンだった経営者年齢は、2015年には「65〜69歳」にピークが移動しました。
東京商工リサーチのデータでは、社長の平均年齢は63歳を超えており、調査開始以来の最高水準を記録しています。70代以上の社長の構成比は34.47%と過去最高水準に達しており、実に3人に1人以上の社長が70代以上という状況です。
なぜ、社長の高齢化があなたの年収を下げるのか?
その答えは、経営者年齢と企業業績の「明確な相関関係」にあります。東京商工リサーチの調査によると、社長の年代別業績を比較した場合、30代以下の経営者が率いる企業では増収企業の割合が約6割に達しています。一方、70代以上では増収企業の割合が約4割にとどまっています。
中小企業白書(2022年版)でも、経営者年齢が若い企業ほど試行錯誤を許容する組織風土があり、新事業分野への進出にも積極的であることが示されています。
つまり、高齢経営者の薬局では新しい取り組みへの投資が鈍り、結果として従業員の処遇改善やキャリアアップの機会も限定的になりやすいのです。

経営者年齢70代以上の薬局で起こりうる3つのリスク
私が人事部長時代に見てきた事例を踏まえ、高齢経営者の薬局で起こりうるリスクを具体的に解説します。
リスク1:突然のM&A・事業譲渡による待遇激変
調剤薬局業界では、M&Aが活発化しています。特に2023年度以降は顕著で、大手調剤チェーン上場5社(アインホールディングス、日本調剤、クオール、メディカルシステムネットワーク、ファーマライズ)のM&Aによる取得店舗数は、半期だけで100店舗を超える規模に達するケースも出てきています。これは前年度通期の49店舗を大幅に上回る数字です。
帝国データバンクのデータによれば、中小企業の後継者不在率は2023年時点で約54%と半数以上に達しています。後継者が見つからないまま経営者が引退年齢を迎えれば、M&Aか廃業かの二択を迫られることになります。
M&Aが実施されると何が起きるか。私の経験では、以下のような変化が起きるケースが多いです。
給与体系が買収企業の基準に統一され、年収が下がることがあります。特に中小薬局で「破格の好条件」を提示されていた場合、その条件は維持されないことがほとんどです。勤務地や配属店舗が変更になることもあります。また、経営方針が変わり「地域密着」を求めて入社したのに、数字重視の経営に変わってしまうこともあります。
「入社3年目の薬剤師Aさん」という架空の例で考えてみましょう。Aさんは年収650万円の条件で、70代社長が経営する中小薬局に入社しました。入社2年目に社長が体調を崩し、大手チェーンへの事業譲渡が決まりました。新会社の給与テーブルに統合された結果、年収は580万円に減少。さらに通勤時間が往復1時間増える店舗への異動を命じられました。
これは決して「対岸の火事」ではありません。
リスク2:経営者の病気・死亡による倒産リスク
帝国データバンクの調査によると、「経営者の病気・死亡」による倒産は年間300件を超え、過去最多水準となっています。
東京商工リサーチのデータでは、2024年の「休廃業・解散」企業の社長年齢は70代以上が約7割(67.9%)を占めています。2025年1〜9月の「後継者難」倒産は332件で、過去2番目の高水準となっています。
中小薬局の多くは、社長自身が管理薬剤師を兼ねているケースがあります。社長が長期入院となれば、薬局の運営自体が立ち行かなくなる可能性があります。
私が知っている事例では、75歳の社長が経営する2店舗の薬局がありました。社長が脳梗塞で倒れ、半年間の入院を余儀なくされました。後継者がおらず、結局両店舗とも閉鎖。そこで働いていた薬剤師4名は全員、急いで転職活動をせざるを得なくなりました。
中小企業庁のデータによると、経営者の引退年齢は68〜69歳と推察されています。70代の社長がいる薬局は、常に事業継続リスクと隣り合わせということを認識しておくべきでしょう。

リスク3:設備投資・賃上げの停滞
中小企業白書が示すように、経営者年齢が高い企業では新規投資への意欲が低下する傾向があります。これは調剤薬局においても当てはまります。
電子薬歴やオンライン服薬指導のシステム導入、調剤過誤防止の最新機器の購入、店舗リニューアルなど、設備投資には一定の費用がかかります。「あと5年で引退するから」という経営者が、10年後を見据えた投資をするでしょうか。
また、厚生労働省の調査によれば、調剤薬局業界では薬剤師不足が深刻化しており、不足していると認識している薬局の割合は、約4割に達しています。人材確保のためには賃上げが必要ですが、事業承継を控えた経営者にとって、人件費増加は避けたい項目でしょう。
「来年度から給料を上げる」と言われていたのに、いつまで経っても実現しない。そんな薬局では、経営者が「今さら投資しても」と考えている可能性があります。

面接・求人票で経営者年齢を確認する方法
では、実際にどのように経営者の年齢を確認すればよいのでしょうか。直接聞きづらいテーマだからこそ、戦略的なアプローチが必要です。
求人票から読み取れる情報
求人票に「創業〇〇年」「代表取締役〇〇」と記載があれば、ある程度の推測が可能です。創業者が現在も経営している場合、創業年から逆算すれば概算の年齢が分かることがあります。
また、会社のホームページに代表者の写真や経歴が掲載されていれば参考になります。「薬剤師歴40年」「昭和〇〇年卒業」といった記述から年齢を推測できることもあります。
ただし、これはあくまで推測に過ぎません。より確実な情報を得るためには、別のアプローチが必要です。
面接で自然に確認する質問術
面接で「社長は何歳ですか?」と直接聞くのは角が立ちます。以下のような質問から、自然に情報を引き出すことができます。
「御社の今後5年、10年のビジョンをお聞かせいただけますか?」という質問は効果的です。事業承継を控えている場合、明確なビジョンを語れないか、「息子に任せる」といった回答が返ってくることがあります。
「店舗展開や設備投資のご計画はありますか?」という質問も有効です。投資意欲の低さは、経営者の引退が近いサインかもしれません。
「経営者の方はどのくらい店舗に来られますか?」と聞いてみてもよいでしょう。高齢で体力的に厳しい場合、店舗訪問頻度が低下していることがあります。
転職エージェントを通じた情報収集
面接で労務や経営に関する質問を求職者自身が行うと、「条件ばかり気にする人」という印象を持たれるリスクがあります。ここで転職エージェントの活用が有効です。
エージェント経由で確認することで、「エージェントが確認していた」というスタンスを取れます。経営者の年齢、後継者の有無、事業承継の予定など、デリケートな情報もエージェントならば自然に確認できます。
| 確認したい「不都合な真実」 | 自分(面接)で聞く場合 | エージェント経由の場合 |
| 社長の正確な年齢 | 失礼にあたるため聞きにくい。 (見た目で判断するしかない) | 企業データとして保有済み。 担当者にメール1本で即回答。 |
| 後継者の有無 | 「息子がいる」と言われても、 本当に継ぐ気があるか不明。 | 息子が経営会議に出ているかなど、 内部の実情まで把握している。 |
| M&A・売却の噂 | 絶対に教えてもらえない。 (従業員にも隠しているため) | 業界の噂や、過去の店舗売却歴から 危険度を推測・助言してくれる。(ただし具体的な情報はエージェントといえども把握はできません。) |
| 実際の財務状況 | 決算書は見せてもらえない。 「順調だよ」という言葉のみ。 | 支払遅延の有無や、ボーナス支給 実績に関する情報から経営状態を分析することは可能。 |
| 判定 | リスクを見抜けず入社しがち | 入社前に「地雷」を回避可能 |
私が人事部長時代、実際に『交渉力が高く、信頼できる』と感じたエージェントについては、以下の記事で実名を挙げて解説しています。「社長の年齢なんて聞けない」と諦める前に。失敗したくない方は、必ずチェックしてください。

経営者年齢別|転職判断の目安
経営者の年齢によって、転職時に確認すべきポイントは異なります。以下に目安を示します。
| 経営者の年代 | リスク度 | 薬局の状況・特徴 | 転職時の推奨アクション |
| 50代以下 | 低 | 【成長期・安定期】 投資意欲が高く、長期勤務が可能。 ※無理な拡大による財務悪化には注意。 | 「ビジョンの確認」 今後10年の店舗展開やキャリアパスを聞き出し、方向性が合うか確認する。 |
| 60代 | 中 | 【承継準備期】 後継者がいるかいないかで明暗が分かれる。 現状維持バイアスがかかりやすい時期。 | 「後継者の有無」 息子・娘がいるか、その人物が薬剤師資格を持ち経営に関与しているかを確認する。 |
| 70代以上 | 高 | 【激変予備軍】 いつ廃業・M&Aが起きてもおかしくない。 設備投資が止まり、昇給も停滞しがち。 | 「徹底的な裏取り」 本人の口頭説明だけでなく、エージェントを通じた事業承継計画の客観的な確認が必須。 |
経営者が50代以下の場合
まだまだ経営に意欲的な年代です。ただし、事業拡大志向が強すぎて無理な出店をしていないか、財務状況は健全かという点は確認しておきましょう。この年代の経営者であれば、10年以上の長期キャリアを見据えた転職が可能です。
経営者が60代の場合
事業承継の準備が始まっていてもおかしくない年代です。後継者の有無と、その後継者の経営能力を確認することが重要です。
具体的には、後継者が決まっているか、後継者は薬剤師資格を持っているか、後継者はすでに経営に関与しているか、という点を確認しましょう。
「息子が継ぐ予定」と聞いても、その息子が実際に薬局運営に携わっていなければ、スムーズな承継は期待できません。
経営者が70代以上の場合
帝国データバンクのデータによれば、社長が交代する際の平均年齢は68.6歳です。70代以上の経営者がいる薬局では、数年以内に何らかの変化が起きる可能性が高いと考えるべきでしょう。
入社を検討する場合は、事業承継計画が明確であること、後継者がすでに実質的な経営を担っていること、M&Aの予定がある場合は条件の引き継ぎについて書面で確認できること、これらの条件が揃っているかを慎重に見極める必要があります。

中小薬局への転職で確認すべきチェックリスト
経営者の年齢に加えて、中小薬局への転職では以下の項目も確認しておくことをお勧めします。
経営の安定性に関する項目
まず、経営者の年齢と健康状態を確認しましょう。後継者の有無と承継計画の有無も重要です。門前の医療機関の状況(院長の年齢、クリニック閉鎖リスク)も見落としがちですが確認が必要です。処方箋の集中率が高すぎないかという点も、リスク分散の観点から重要です。
労働条件に関する項目
給与の内訳(基本給と手当の比率)は必ず確認してください。昇給・賞与の実績(過去3年分)も聞いておきましょう。退職金制度の有無、有給休暇の取得実績も重要な確認項目です。
これらの情報は、面接で直接確認するのが難しいこともあります。だからこそ、エージェントを活用して事前に確認してもらうことが有効なのです。
経営者の年齢を理由に転職を見送る必要はないケース
ここまで経営者の高齢化リスクを説明してきましたが、経営者が高齢であれば必ず避けるべきというわけではありません。以下のようなケースでは、むしろ好条件で入社できるチャンスかもしれません。
例外1:後継者が明確で引き継ぎが進んでいる
70代の社長がいても、40代の息子(薬剤師)がすでに実質的な経営を担っていれば、事業継続の心配は少ないでしょう。この場合、むしろ世代交代のタイミングで新しい風を吹き込める人材として歓迎される可能性があります。
例外2:M&A予定で条件継続が確約されている
大手チェーンへの事業譲渡が決まっている場合、入社時の条件が書面で保証されているならば、むしろ安定したキャリアを築けるかもしれません。ただし、口頭の約束ではなく、必ず書面での確認が必要です。
例外3:短期間の経験を積む目的が明確
「3年間だけ在宅医療の経験を積みたい」など、明確な目的があれば、経営者の年齢リスクを織り込んだうえでの入社も選択肢になります。
今すぐ行動すべき理由
調剤薬局業界のM&Aは今後さらに活発化すると予想されています。経営継承支援サービス会社のデータによれば、調剤薬局業界は上位10社の市場占有率が店舗数ベースで約15%程度にとどまっており、他業種と比較して寡占化が進んでいません。
これは言い換えれば、今後さらにM&Aによる業界再編が進む余地があるということです。高齢経営者の中小薬局は、大手チェーンにとって格好の買収対象となります。
あなたが今働いている薬局、あるいはこれから入社を考えている薬局の経営者は何歳でしょうか。後継者は決まっていますか。5年後、10年後の姿をイメージできますか。
これらの問いに明確に答えられないならば、今すぐ情報収集を始めることをお勧めします。
正直にお伝えします。12月10日のボーナス支給後は、一年で最も転職希望者が増える人材争奪戦のピークです。 完全週休二日制かつ年収650万以上の求人、本当に残業のない求人は、すぐに埋まってしまう恐れがあります。残り物で妥協しないよう、年内に「求人の枠(席)」だけは確保してください。
ただし、焦って変なエージェントを選ばないでください。
私は人事責任者として、大手を中心に20社以上の紹介会社と渡り合ってきました。その中で、「この担当者は信用できる」「求職者の利益を第一に考えている」と私が裏側から認定できたのは、わずか数社しかありません。
彼らは、私が求人者として「担当者の固定化」などの厳しい要望を出しても誠実に対応し、何より薬局側にとって都合の悪い情報(実際の残業時間や離職率の高さ)まで、求職者に包み隠さず伝えていました。
あなたの市場価値を正当に評価してくれる職場を見抜くために、私が人事の裏側から見て「本物だ」と確信したエージェントとその理由を記事にしました。転職に失敗したくない方はぜひご覧ください。
あなたの薬剤師としてのキャリアが、より良い方向に進むことを心から願っています。
中小薬局には、大手にはない「地域医療の手触り」と「裁量権」があります。それらは間違いなく、薬剤師としての尊いやりがいです。
しかし、その魅力に目を奪われて、経営基盤の確認を怠れば、数年後に大きな後悔をすることになりかねません。
転職は人生の重要な決断です。その決断を、十分な情報収集なしに行うべきではありません。経営者の年齢という一つの指標が、あなたのキャリアを守る武器になることを、どうか覚えておいてください。

