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ダブルワークという選択肢に悩むあなたへ
「本業の収入だけでは、将来が不安だ」
月末の給与明細を見るたび、そんな思いが頭をよぎる薬剤師の方は少なくありません。
労働政策研究・研修機構の調査によれば、仕事をしている人のうち副業をしている人の割合は6.0%です。薬剤師業界でも、ダブルワークに興味を持つ方が増えています。
しかし、いざダブルワークを始めようとすると、多くの疑問が浮かびます。就業規則は大丈夫なのか。労働時間はどう管理されるのか。税金や社会保険はどうなるのか。
本記事では、ダブルワークを始める前に必ず確認すべき法的ルールから、収入を最大化するための実践的なテクニックまで、元人事部長の視点から詳しく解説します。
まずは前提として、現在の給与体系の仕組みを正しく理解しておくことが重要です。

ダブルワークを始める前に確認すべき3つの法的制約
ダブルワークは誰でも自由に始められるわけではありません。まず確認すべきは、あなたの立場で法的に許されているかという点です。
管理薬剤師は原則として薬剤師としての副業は禁止
薬機法により、管理薬剤師の兼業は原則として禁止されています。これは店舗の責任者という立場上、他の薬事業務との両立が困難であるとの考えに基づいています。
ただし例外として、都道府県知事の許可を得れば一部の副業が認められます。夜間休日診療所での輪番勤務や、へき地での薬局勤務などが該当します。
また、記事執筆やデータ入力など薬事に関係のない副業については、自治体により運用が異なります。法的には許可が必要なケースが原則ですが、実務上は「薬事業務に支障がない」として許可等の手続きが不要、あるいは認められやすい傾向にあります。トラブルを防ぐため、念のため所轄の保健所に確認することをお勧めします。
公務員薬剤師は完全に副業禁止
公務員は国家公務員法・地方公務員法により、原則として副業が禁止されています。公立病院や保健所などで働く薬剤師の場合、学校薬剤師など例外的に許可が出る場合を除き、副業はできません。
この規制は、公務の公正性と信頼性を保つためのものです。違反した場合は懲戒処分の対象となります。
就業規則の確認は必須
法律上問題がなくても、勤務先の就業規則で副業が禁止されている場合があります。
私が人事部長だった頃、就業規則を確認せずにダブルワークを始めた薬剤師が、後日懲戒処分を受けるケースを何度も見てきました。最悪の場合、解雇される可能性もあります。
就業規則は通常、「服務心得」や「服務」の項目に副業・兼業に関する規定が記載されています。「許可を得れば可能」と書かれている場合は、必ず事前に上司や人事部門に相談してください。
ダブルワークで最も複雑な「労働時間の通算ルール」を理解する
ダブルワークにおいて、最も理解が難しく、かつトラブルになりやすいのが労働時間の通算ルールです。
労働時間は複数の職場で合算される
労働基準法第38条により、複数の事業所で働く場合、労働時間は通算されます。つまり、A薬局で5時間、B薬局で4時間働けば、合計9時間の労働として扱われます。
この結果、法定労働時間である1日8時間を超えた分については、後から雇用契約を結んだ職場が割増賃金を支払う義務があります。
なお、2024年秋より厚生労働省の有識者検討会にて、労働基準法改正に向けた、この複雑な労働時間通算ルールの見直しを検討していることが明らかになりました。割増賃金の計算での労働時間合算を廃止し、健康管理目的での時間把握は継続する方向で議論が進んでいます。
労働時間通算の例外ケース
すべてのダブルワークで労働時間が通算されるわけではありません。以下のケースでは通算の対象外となります。
フリーランスや個人事業主として働く場合は、労働基準法が適用されないため通算されません。また、管理監督者など労働時間規制の適用外となる労働者も対象外です。
つまり、調剤薬局でパート勤務をしながら、週末にメディカルライターとして業務委託で働く場合は、労働時間は通算されません。
申告制による労働時間管理
実務上、使用者は労働者からの申告により、他の職場での労働時間を把握します。
重要なのは、労働者が正確に申告しなかった場合でも、申告された時間に基づいて管理していれば使用者に責任は問われないという点です。
ただし、これは決して虚偽申告を推奨するものではありません。不正確な申告は、後々の紛争の原因となります。
社会保険・雇用保険の複雑な加入ルールを整理する
ダブルワークにおける社会保険の取り扱いは、労働時間以上に複雑です。
社会保険は各職場で個別に判断
社会保険の加入判断は、各事業所単位で行われます。両方の職場の賃金や労働時間を合計することはしません。
加入条件は以下の通りです。週の所定労働時間が正社員の4分の3以上、かつ月の所定労働日数が正社員の4分の3以上であれば加入義務が発生します。
また、短時間労働者でも週20時間以上、月収88,000円以上、従業員101人以上の企業(2024年10月からは51人以上)で働く場合は加入対象です。
両方の職場で加入条件を満たした場合
それぞれの職場で社会保険の加入条件を満たしている場合、両方の職場で加入する必要があります。この場合、保険料は両方の事業所の給与を合算した標準報酬月額を基に算定され、各職場で案分して負担します。
健康保険証は「主たる事業所」として選択した職場のものが発行されます。この選択は「健康保険・厚生年金保険 被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を提出することで行います。
雇用保険は1社のみ加入
雇用保険は複数の職場を掛け持ちしていても、いずれか1社でしか加入できません。通常は、主たる勤務先で加入します。
なお、2028年度から雇用保険の適用が拡大され、週所定労働時間10時間以上20時間未満の労働者も対象となる予定です。これにより、ダブルワーク時の雇用保険の扱いがさらに複雑になる可能性があります。
確定申告と税金の正しい知識で手取りを最大化する
ダブルワークをすると、税金の扱いが複雑になります。正しい知識がないと、余計な税金を払う羽目になります。
年間20万円以上の副業収入は確定申告が必要
本業以外の収入が年間20万円を超える場合、確定申告が必要です。これは給与所得だけでなく、事業所得や雑所得も含みます。
ただし、20万円以下でも住民税の申告は必要です。これを忘れると、後日追徴課税される可能性があります。
源泉徴収税額の調整が必要
ダブルワークをしている場合、それぞれの職場で源泉徴収が行われます。しかし、本来の税率より高い税率で源泉徴収されている可能性が高いです。
確定申告をすることで、払い過ぎた税金が還付されます。私が相談に乗った薬剤師の中には、確定申告により10万円以上の還付を受けたケースもありました。

必要経費の計上で節税
業務委託やフリーランスとして副業をする場合、必要経費を計上することで課税所得を減らせます。
薬剤師の副業で認められる経費には、専門書籍代、セミナー受講費、交通費、通信費などがあります。ただし、プライベートと業務の区分が明確でない支出は認められません。
領収書やレシートは必ず保管し、支出の目的を記録しておくことが重要です。
職場にバレずにダブルワークをする方法とリスク
「職場にバレずにダブルワークできないか」という話はよく伺います。
住民税の特別徴収でバレるケース
最もよくあるバレ方が、住民税の金額からの発覚です。
会社は従業員の給与から住民税を天引き(特別徴収)しています。ダブルワークで収入が増えると、住民税額も増加します。この増加分を経理担当者が不審に思い、発覚するケースが多いです。
対策としては、確定申告の際に住民税の徴収方法を「自分で納付(普通徴収)」にする方法があります。ただし、給与所得の場合は特別徴収が原則であり、自治体によっては普通徴収が認められない場合があります。
職場での言動から発覚
意外に多いのが、同僚との会話から発覚するケースです。
「昨日○○薬局で働いていたら」といった何気ない発言から、ダブルワークが知られてしまいます。SNSへの投稿にも注意が必要です。
就業規則違反のリスクを理解する
就業規則で禁止されているダブルワークを行った場合、懲戒処分の対象となります。
減給、降格、最悪の場合は解雇もあり得ます。また、退職金の不支給や減額が規定されているケースもあります。
「バレなければいい」という考えは危険です。発覚時のリスクを十分に理解した上で判断してください。
薬剤師がダブルワークで成功するための5つの職場選択術
ダブルワークを成功させるには、職場選びが最も重要です。
本業と異なる業態を選ぶメリット
調剤薬局で働きながらドラッグストアで副業する、病院勤務しながら調剤薬局でアルバイトする。このように異なる業態を組み合わせることで、スキルの幅が広がります。
在宅医療や専門薬局など、本業では経験できない分野に挑戦することで、将来のキャリアの選択肢が増えます。
私が相談に乗った薬剤師の中には、病院勤務の傍ら在宅専門薬局で副業し、その経験を活かして在宅医療に特化したキャリアを築いた方もいます。
時給の高い職場を優先的に選ぶ
ダブルワークの目的が収入増であれば、時給の高い職場を選ぶべきです。
一般的に、派遣薬剤師は時給3,000円以上のケースも多く、短時間で効率よく稼げます。土日や夜間の勤務は、さらに高時給が期待できます。
ただし、高時給の職場は業務負担も大きい傾向があります。体力的に無理のない範囲で選択してください。
通勤時間を最小限にする
ダブルワークで最も負担になるのが移動時間です。
本業の職場から近い場所、または自宅から近い場所を選ぶことで、時間的・体力的負担を軽減できます。
通勤時間を単なる移動時間にするか、自己投資の時間にするかで将来の年収は変わります。
勤務日数と時間を柔軟に調整できる職場
本業の状況によって、副業の勤務日数や時間を調整できる職場が理想的です。
「週1日から可」「土日のみ可」「単発OK」といった条件の求人を探しましょう。派遣やスポット勤務は、この点で優れています。
ただし、あまりに不定期だと職場に迷惑をかけ、契約が打ち切られる可能性もあります。ある程度の安定性は必要です。
在宅ワークという選択肢
近年増えているのが、メディカルライターや医薬翻訳、校正などの在宅ワークです。
移動時間がゼロで、自分の好きな時間に作業できるメリットがあります。ただし、単価が低い案件も多く、安定した収入を得るには実績を積む必要があります。
体力的・精神的な負担を最小化する両立テクニック
ダブルワークを長く続けるには、心身の健康管理が不可欠です。
週の労働時間の上限を決める
無理なダブルワークは、本業にも副業にも悪影響を及ぼします。
私がお勧めするのは、週の総労働時間を50時間以内に抑えることです。本業40時間であれば、副業は週10時間程度が限界でしょう。
これを超えると、睡眠不足や疲労の蓄積により、ミスが増えたり体調を崩したりする可能性が高まります。
休日を必ず確保する
完全休養日を週に最低1日は確保してください。
本業と副業で週7日働き続けると、数ヶ月で確実に体調を崩します。私が人事部長時代に見てきた中で、長期間ダブルワークを続けられた薬剤師は、必ず休養日を確保していました。
休養日には仕事のことを一切考えず、趣味や家族との時間を大切にすることが重要です。
睡眠時間の確保を最優先にする
睡眠時間を削ってダブルワークをするのは、最も危険な選択です。
薬剤師という職業は、患者の健康に直結する重要な仕事です。睡眠不足によるミスは、重大なインシデントにつながる可能性があります。
最低でも6時間、できれば7時間の睡眠を確保してください。これができないスケジュールであれば、ダブルワークは見直すべきです。
本業のパフォーマンスを下げない
ダブルワークで最も避けるべきは、本業のパフォーマンス低下です。
副業の疲れで本業に遅刻する、集中力が低下してミスが増える、このような状態になったら、すぐにダブルワークを見直してください。
本業を失ってしまっては本末転倒です。副業はあくまで「本業に支障が出ない範囲」で行うのが鉄則です。
転職とダブルワークどちらを選ぶべきか
収入を増やしたいという目的であれば、ダブルワークよりも転職の方が効果的な場合があります。
転職で年収が上がる可能性
ダブルワークで月5万円の副収入を得る場合、年間60万円の収入増です。しかし、転職により基本給が月5万円上がれば、ボーナスも含めて年間80万円以上の収入増になります。
しかも、転職であれば社会保険料の増加はありますが、ダブルワークのような時間的・体力的負担はありません。
キャリアアップを考えるなら転職
スキルアップやキャリアアップを目的とするなら、中途半端なダブルワークよりも、本格的に転職する方が効果的です。
専門性の高い分野に集中して取り組むことで、その分野でのエキスパートとして市場価値を高められます。
ダブルワークは、あくまで短期的な収入増や、将来のキャリアを探る「お試し期間」として活用するのが賢明です。
あなたが仕事に何を求めているのか、「キャリアの軸(アンカー)」を整理したい方はこちらもご覧ください。

信頼できるエージェントを活用する理由
ダブルワーク先を探す際、転職エージェントの活用が効果的です。
非公開求人にアクセスできる
ダブルワーク可能な求人は、一般には公開されていないケースも多くあります。
転職エージェントは、企業の人事担当者と直接つながっており、こうした非公開求人を紹介してくれます。
労働条件の交渉を代行してくれる
労働時間や勤務日数、時給など、細かい条件交渉はエージェントが代行してくれます。
特に、本業との兼ね合いで複雑なスケジュール調整が必要な場合、エージェントを介することで職場側も受け入れやすくなります。
私が人事部長時代、実際に「交渉力が高く、信頼できる」と感じたエージェントについては、以下の記事で実名を挙げて解説しています。
特にファル・メイトは、派遣とパートに強いエージェントです。単発や短期の求人も扱っており、ダブルワークに最適な働き方を提案してくれます。急な欠員補充が必要になった際、ファル・メイトに依頼すると、迅速に対応してくれました。

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ここまで、ダブルワークの法的ルールから実践的なテクニックまで解説してきました。
しかし、最後にお伝えしたいのは、「本当にダブルワークが必要なのか」という問いです。
収入を増やしたいという理由でダブルワークを検討しているなら、まず自分の市場価値を正確に把握してください。多くの薬剤師は、自分の価値を過小評価しています。
また、ダブルワークは短期的な収入増には有効ですが、長期的なキャリア形成の観点では疑問が残ります。時間をダブルワークに費やすより、専門性を高めるための勉強や資格取得に投資する方が、将来のリターンは大きいかもしれません。
ダブルワークを始めるにせよ、転職を選ぶにせよ、大切なのは「なぜそれを選ぶのか」という明確な目的です。目的が曖昧なまま行動すると、必ず後悔します。
今の職場で評価されていないと感じるなら、それはあなたの能力が低いのではなく、職場があなたの価値を認識できていないだけかもしれません。
あなたの専門性と経験は、必ず誰かが必要としています。

