【元人事が警告】変形労働時間制の罠|法定と所定の違いを理解しないと損する理由

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「変形労働時間制だから残業代は出ない」と言われていませんか?

「うちは変形労働時間制だから、残業代は出ないんだよ」

この言葉を、あなたも一度は聞いたことがないでしょうか。私が調剤薬局チェーンで人事部長を務めていた頃、退職面談の場でこう訴える薬剤師が後を絶ちませんでした。

「10時間働いても残業代がつかない日があるんです。変形労働時間制だから仕方ないと言われて。でも、本当にそれって正しいんでしょうか」

結論から申し上げます。その認識は、高い確率で誤っています。

厚生労働省の「令和6年就労条件総合調査」によると、変形労働時間制を採用している企業の割合は全体の60.9%に達しています。つまり、半数以上の企業がこの制度を導入しているのです。調剤薬局やドラッグストアは小売業に分類され、業務の繁閑が大きいため、特に1ヶ月単位の変形労働時間制を採用している職場が多い傾向にあります。

問題は、この制度を「残業代を払わなくてもいい制度」と誤解している経営者や管理者が少なくないことです。そして、労働者側も「変形労働時間制」という言葉の響きに惑わされ、本来受け取れるはずの残業代を請求せずにいるケースが散見されます。

本記事では、元・調剤薬局チェーン人事部長として、採用から労務管理の最前線に立ってきた私の経験をもとに、変形労働時間制の本質と、あなたが損をしないための具体的な知識をお伝えします。「法定労働時間」と「所定労働時間」の違いを理解することが、あなたの給与を守る第一歩となります。


変形労働時間制の本質|「残業代が出ない制度」ではない

そもそも変形労働時間制とは何か

変形労働時間制とは、業務量の波に合わせて労働時間を柔軟に調整できる制度です。通常、労働基準法では「1日8時間、週40時間」という法定労働時間が定められています。この時間を超えた労働には、25%以上の割増賃金を支払う義務が生じます。

変形労働時間制を導入すると、一定期間を平均して週40時間以内に収まっていれば、特定の日や週に法定労働時間を超えて働かせても、即座に時間外労働とはならないという運用が可能になります。

例えば、月末が繁忙期の職場では、月末の所定労働時間を10時間に設定し、月初の所定労働時間を6時間に設定する。こうすることで、1ヶ月の平均が週40時間以内であれば、月末に10時間働いても残業代は発生しない。これが変形労働時間制の基本的な仕組みです。

ここで重要なのは、「あらかじめ定められた所定労働時間の範囲内」であれば残業代が発生しないという点です。逆に言えば、その日の所定労働時間を超えた場合は、たとえ変形労働時間制であっても残業代が発生します。

法定労働時間と所定労働時間の決定的な違い

この2つの違いを理解していないと、あなたは確実に損をします。

法定労働時間とは、労働基準法によって定められた労働時間の上限です。原則として「1日8時間、週40時間」と規定されています。これは法律で決まっているものであり、企業が自由に変更することはできません。

所定労働時間とは、企業が就業規則や労働契約で独自に定める労働時間です。法定労働時間の範囲内であれば、企業は自由に設定できます。例えば、1日7時間を所定労働時間としている企業も存在します。

この2つの違いから、残業には2種類あることがわかります。

法定内残業:所定労働時間は超えているが、法定労働時間(1日8時間)は超えていない残業。この場合、通常の時給で計算された賃金を支払えばよく、25%の割増は不要です。

法定外残業(時間外労働):法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える残業。この場合、25%以上の割増賃金を支払う義務があります。

変形労働時間制であっても、この原則は変わりません。

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変形労働時間制で残業代が発生する3つのケース

変形労働時間制を導入している職場でも、以下の3つのケースでは確実に残業代が発生します。これを知らずに働いている薬剤師が、残念ながら少なくありません。

ケース1:その日の所定労働時間を超えた場合

変形労働時間制では、あらかじめ各日の所定労働時間を定める必要があります。例えば、「今日は9時間、明日は7時間」というように、シフト表などで事前に明示されていなければなりません。

その日の所定労働時間が9時間と定められている場合、9時間を超えて働いた時間は残業となります。また、所定労働時間が6時間と定められている日に8時間を超えて働けば、法定労働時間を超えた時間外労働として割増賃金の対象となります。

ここで私が人事部長時代に経験した事例をお話しします。ある店舗で、シフト表には「9:00-18:00(休憩1時間)」と記載されているのに、閉店作業で毎日30分以上の残業が発生していました。その残業代が一切支払われていなかったのです。理由を尋ねると、店長は「変形労働時間制だから」と答えました。

これは完全な誤りです。その日の所定労働時間は8時間。8時間を超えた30分は、たとえ変形労働時間制であっても時間外労働として割増賃金を支払う必要があります。

ケース2:その週の法定労働時間を超えた場合

1ヶ月単位の変形労働時間制であっても、週単位での労働時間管理は必要です。

週の所定労働時間が40時間を超えて設定されている週(例:42時間設定)

その所定時間を超えた時点(42時間超)で時間外労働(割増賃金対象)となります。
(※40時間〜42時間の部分は、変形労働時間制により適法化された所定内労働となります。)

週の所定労働時間が40時間以下の週

40時間を超えた時点で残業代が発生します。

重要なのは、日ごとの残業としてすでにカウントした時間は、週単位の計算から除外するという点です。二重にカウントすることはありません。

ケース3:対象期間全体の法定労働時間を超えた場合

1ヶ月単位の変形労働時間制の場合、その月全体での労働時間が法定労働時間の総枠を超えた場合も、残業代が発生します。1ヶ月の法定労働時間の総枠は、暦日数によって異なります。

例えば、31日ある月の場合、法定労働時間の総枠は約177.1時間(40時間×31日÷7日)となります。この総枠を超えた時間(日・週単位でカウント済みの時間を除く)は、時間外労働として割増賃金の対象となります。


私が人事部長時代に見た「よくある誤運用」

誤運用パターン1:所定労働時間があやふやにされている

変形労働時間制を適正に運用するためには、対象期間の開始前に、各日の所定労働時間を具体的に定めておく必要があります。就業規則やシフト表で明確にしておかなければなりません。

ところが現実には、「今日は忙しいから長く働いて」「暇だから早く帰っていいよ」というような、その日その日の判断で労働時間が決められているケースが散見されます。これは変形労働時間制の要件を満たしておらず、法的には通常の労働時間制が適用されます。つまり、1日8時間を超えた時間はすべて時間外労働として扱われるべきなのです。

誤運用パターン2:変形期間中の労働時間変更

変形労働時間制では、一度決定した所定労働時間を期間中に変更することは原則としてできません。「所定労働時間が9時間の日に10時間働いたから、翌日の所定労働時間を7時間から6時間に変えて相殺する」といった運用は認められていません。

前日に残業が発生したら、その残業代は支払わなければなりません。日をまたいでの労働時間の調整はできないのです。この点を誤解している経営者や管理者は、私の印象では、かなりの数になると思われます。

誤運用パターン3:「込み込み年収」の罠

「年収700万円で、残業代も全部込みだから」という説明を受けて入社した薬剤師からの相談は、私の経験でも少なくありませんでした。

固定残業代(みなし残業代)を導入している場合、労働条件通知書には以下の内容を明記する義務があります。

  1. 固定残業代に含まれる残業時間数
  2. 固定残業代の金額
  3. 固定残業時間を超えた場合の追加支給の有無

これらが明記されていない場合、その固定残業代は無効となる可能性があります。つまり、基本給と残業代の区別が不明確な給与体系は、法的リスクを抱えているのです。

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転職時に確認すべき「変形労働時間制」のチェックポイント

転職を検討している薬剤師の方に、私から強くお伝えしたいことがあります。労働条件通知書の「労働時間」の項目を、面接時に必ず確認してください。

ただし、面接の場で労務に関する細かい質問を求職者自身が行うと、「細かいことを気にする人」という印象を与えかねません。ここで転職エージェントを活用する価値が生まれます。エージェント経由で確認すれば、「エージェントが確認してきた」というスタンスを取ることができ、あなたの印象を損なうことなく必要な情報を入手できます。

確認すべき5つのポイント

ポイント1:変形労働時間制の種類

1ヶ月単位なのか、1年単位なのかを確認します。調剤薬局では1ヶ月単位が多いですが、ドラッグストアでは1年単位を採用している企業もあります。1年単位の場合、繁忙期と閑散期の労働時間差が大きくなる傾向があります。

ポイント2:所定労働時間の決定方法

いつ、どのように各日の所定労働時間が決まるのかを確認します。「シフトが出るのは前日」という職場は、変形労働時間制の要件を満たしていない可能性があります。

ポイント3:残業代の計算方法

変形労働時間制における残業代の計算方法を具体的に確認します。「変形労働時間制だから残業代は出ない」という説明をする企業は、法令遵守の意識が低い可能性があります。

ポイント4:固定残業代の有無と内容

固定残業代が設定されている場合、何時間分が含まれているのか、超過分は支払われるのかを確認します。

ポイント5:就業規則の閲覧

就業規則に変形労働時間制に関する規定が明記されているかを確認します。就業規則は従業員に周知する義務があり、閲覧を求めれば見せてもらえるはずです。

私が人事部長時代、実際に「交渉力が高く、信頼できる」と感じたエージェントについては、以下の記事で実名を挙げて解説しています。失敗したくない方は、必ずチェックしてください。

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調剤薬局で特に注意すべき「特例措置対象事業場」

調剤薬局やドラッグストアで働く薬剤師の方に、もう一つ知っておいていただきたい制度があります。それが「特例措置対象事業場」です。

小売業(薬局・ドラッグストアを含む)で、常時使用する労働者が10人未満の事業場は、法定労働時間が「週44時間」まで認められています。つまり、通常の企業より週4時間多く働かせることができるのです。

この制度を悪用し、「小さな薬局だから週44時間は法定内。だから残業代は出ない」と説明している職場も存在します。しかし、この特例が適用されるのはあくまで「常時10人未満」の事業場に限られます。事業の成長とともに従業員数が10人以上になれば、通常の週40時間が適用されます。

また、1年単位の変形労働時間制を採用している場合、この特例(週44時間)は適用されません。つまり、週40時間が上限となります。この点を誤解している経営者も少なくありません。

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今日からできる「自分の残業代を守る」3つのアクション

アクション1:労働時間の記録を自分でも残す

会社が管理しているタイムカードだけでなく、自分でも労働時間の記録を残すことをお勧めします。スマートフォンのメモアプリでも、家族へのLINEでも構いません。「今から出勤」「今から帰宅」と記録するだけで、いざというときの証拠になります。

特に、薬局を出る際に「今から帰る」と家族に連絡する習慣をつけておくと、退勤時刻の証拠として非常に有効です。

アクション2:就業規則と実態を照らし合わせる

あなたの職場の就業規則を確認してください。変形労働時間制に関する規定がどのように書かれているか、実際の運用と一致しているかを確認します。不明な点があれば、人事担当者に質問する権利があなたにはあります。

就業規則は労働者への周知が義務付けられています。「見せてもらえない」という対応は、それ自体が法令違反です。

アクション3:プロ(転職エージェント)を「無料の代理人」として使う

自分の残業代が正しく支払われているか不安な場合、労働基準監督署に行くのはハードルが高いかもしれません。そこで最も現実的かつリスクの低い方法は、転職エージェントに「市場価値の査定」と「労働条件の確認」を依頼することです。

私が人事部長時代、最も対応に苦慮したのは、労働法に詳しいエージェントからの問い合わせでした。
「御社の変形労働時間制の運用規定を見せていただけますか?」
このように聞かれると、企業側は「あ、この候補者は適当に扱えない」と背筋が伸びます。

あなたはエージェントにこう伝えるだけでいいのです。
「今の職場の残業代計算がおかしい気がする。法的にクリーンで、私の働き分を正しく評価してくれる薬局の求人はありますか?」

エージェントがあなたの代わりに企業の実態を調査し、交渉してくれます。企業側も「エージェントの手前、下手なことはできない」と法令遵守を徹底します。つまり、エージェントを使うことで、あなたは「入社する前から守られた状態」を作ることができるのです。

実際に私が採用の裏側を見て、「ここの担当者は企業に忖度せず、薬剤師の権利を徹底して守ろうとする」と信頼していたエージェントだけを厳選してまとめました。
「損をしたくない」と本気で考える方は、まずはこちらを確認してください。

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あなたの市場価値は、あなたが思っているより高い

ここまでお読みいただいた方は、変形労働時間制に対する理解が深まったことと思います。「法定労働時間」と「所定労働時間」の違い、そして変形労働時間制であっても残業代が発生するケースがあることを、しっかりと頭に入れておいてください。

私が人事部長時代に痛感したのは、多くの薬剤師が自分の権利を知らないまま働いているという現実でした。「変形労働時間制だから仕方ない」「薬剤師は忙しいのが当たり前」。そう自分に言い聞かせながら、本来受け取るべき残業代を受け取れずにいる方が、残念ながら少なくありません。

あなたが今の環境で悩み続けてきたことを、誰も責めることはできません。しかし、知識を持った今、状況を変える選択肢はあなたの手の中にあります。

労務管理がしっかりしている職場は、必ず存在します。
変形労働時間制を適正に運用し、1分単位で残業代を支払い、薬剤師のプロフェッショナリズムに正当な対価を払う薬局はあります。

知識を持った今、状況を変えるカギはあなたの手の中にあります。
まずは「自分の適正な待遇」を知ることから始めてみてください。

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この記事を書いた人

調剤薬局チェーン元人事部長・薬剤師・中小企業診断士。
約4年間、人事責任者として薬剤師の採用・評価制度設計に従事。大手を中心に20社以上の紹介会社と折衝し、採用の舞台裏から「紹介会社の実力差」を熟知する。現在は経営コンサルタントとして、調剤薬局の採用戦略や人事考課制度の設計支援を行う一方、薬剤師個人のキャリア支援も行っている。採用側と求職側、双方の視点を持つ「情報の非対称性を解消する」解説に定評がある。

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