服薬指導のクレームを防ぐ言い換え術|元人事が教える「納得度を高める」話し方のコツ

2025年11月時点の情報です

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なぜ丁寧に説明したはずの服薬指導がクレームになるのか

「ちゃんと説明したのに、患者さんから『聞いてない』とクレームが来た」 「副作用のリスクを伝えたら、逆に不信感を持たれてしまった」

このような経験はありませんか。服薬指導は薬剤師の最も重要な業務です。しかし、どれだけ正確な情報を伝えても、患者の納得が得られなければクレームに発展します。

私は調剤薬局で、多くの患者クレーム対応にも間接的に携わってきました。その中で明らかになったのは「現場のクレームの約8割は、情報の正確性そのものではなく、伝え方や態度に起因している」という事実です。

厚生労働省の「患者の声を活かした医療提供に関する調査」によれば、薬局への不満の上位に「説明が分かりにくい」「質問しづらい雰囲気」が挙げられています。つまり、患者は薬剤師の専門知識を疑っているのではありません。「自分の不安に寄り添ってくれない」と感じているのです。

本記事では、クレームになりやすい服薬指導の具体的パターンと、患者の納得度を劇的に高める伝え方の技術を解説します。明日からの服薬指導が変わる実践的な内容です。

クレームに発展する服薬指導の3つの典型パターン

パターン1:専門用語を並べた「正確だが伝わらない」説明

「この薬はCYP3A4で代謝されるので、グレープフルーツジュースは避けてください」

このような説明を受けた患者は、何も理解できていません。薬剤師としては正確な情報を伝えたつもりでも、患者には「難しい言葉で煙に巻かれた」という不快感だけが残ります。

対応したクレームの中で、最も多かったのがこのパターンです。「薬剤師さんが何か専門的なことを言っていたが、結局何をすればいいのか分からなかった」という訴えが後を絶ちませんでした。

患者が求めているのは専門知識の披露ではありません。「自分が何をすべきか」という行動レベルの指示です。

パターン2:リスクばかり強調する「不安を煽る」説明

「この薬には重篤な副作用があります。肝機能障害、横紋筋融解症、間質性肺炎などが報告されています」

副作用を説明することは薬剤師の義務です。しかし、リスクだけを列挙すると、患者は「こんな危険な薬を飲まされるのか」と恐怖を感じます。結果として服薬アドヒアランスが低下し、「薬剤師に脅された」というクレームに発展するケースがあります。

リスク説明は必要です。しかし、同時にベネフィットとのバランスを示さなければ、患者は正しい判断ができません。

パターン3:患者の理解度を確認しない「一方通行」の説明

薬剤師が一通り説明を終えて「何か質問はありますか?」と尋ねる。患者は「大丈夫です」と答える。しかし後日「聞いていない」とクレームが来る。

このパターンは極めて多いです。患者は質問がないのではありません。「何を質問すればいいか分からない」「忙しそうな薬剤師に質問しづらい」と感じているのです。

特に高齢患者や初めて処方される薬の場合、患者自身が何を理解していないか把握できていません。「質問はありますか」という開かれた問いでは、患者の理解度は測れないのです。

患者の納得度を高める伝え方の実践技術

技術1:「専門用語ゼロ」で行動を指示する

薬剤師が伝えるべきは知識ではなく、患者の行動です。以下の変換を徹底してください。

Before: 「この薬はCYP3A4阻害作用があるため、グレープフルーツジュースとの併用は避けてください」

After: 「この薬を飲む日は、グレープフルーツジュースを飲まないでください。薬が効きすぎて危険です。一般的なオレンジジュースやリンゴジュースなら問題ありません」

この説明の違いが分かりますか。Afterでは専門用語を完全に排除し、具体的な行動(グレープフルーツジュースを飲まない)と代替案(オレンジジュースやリンゴジュースなら可)を示しています。

私が指導していた薬剤師で、この話法に切り替えてから患者からの感謝が増えたという報告が多数ありました。「分かりやすかった」という言葉は、薬剤師への最高の評価です。

専門用語ゼロ説明の3原則

  • 患者が今日から実行できる行動を示す
  • 「なぜか」の理由は簡潔に(10秒以内)
  • 具体的な代替案を必ず提示する

技術2:「ベネフィット→リスク→対処法」の順序で伝える

副作用説明で患者を不安にさせないためには、情報を提示する順序が重要です。必ず以下の流れで説明してください。

ステップ1:ベネフィットを先に伝える 「この薬は血圧を下げて、心臓や脳の病気を予防する大切な薬です」

ステップ2:リスクを現実的な確率で伝える 「まれにめまいが出ることがありますが、100人に1人程度です」

ステップ3:対処法を具体的に示す 「もしめまいを感じたら、すぐに座って休んでください。症状が続く場合は薬局に電話してください」

この順序で説明すると、患者は「効果のある薬だが、万が一の時も対処できる」と安心します。私が管理していた薬局では、この話法を標準化してからクレームが3分の1に減少しました。

人は最初に聞いた情報に強く影響を受けます。リスクから入ると不安が増幅され、ベネフィットから入ると安心感が形成されるのです。

技術3:「クローズドクエスチョン」で理解度を確認する

「質問はありますか」という開かれた問いでは、患者の理解度は測れません。以下のような具体的な質問で確認してください。

効果的な確認の質問例

  • 「この薬、いつ飲みますか?」(タイミングの確認)
  • 「もし飲み忘れたら、どうしますか?」(対処法の理解確認)
  • 「お酒は飲まれますか?」(相互作用リスクの確認)
  • 「この薬を飲んで、どんな症状が出たら連絡してほしいか覚えていますか?」(副作用認識の確認)

このような具体的な質問をすることで、患者の理解度が正確に把握できます。理解できていない部分があれば、その場で補足説明が可能です。

私が育成した薬剤師の中で、この質問技術を習得した人は患者満足度が明らかに高くなりました。「この薬局は親身になってくれる」という評価につながったのです。

【実例】クレームが感謝に変わった服薬指導の改善事例

実際の改善事例を紹介します。

30代の薬剤師Cさんは、抗凝固薬の服薬指導で患者から「怖くて飲めない」とクレームを受けました。Cさんは添付文書通りに副作用を丁寧に説明したのですが、患者は不安を強く感じたのです。

そこで店長はCさんに、以下のように説明方法を変更するよう指導しました。

改善前の説明
「この薬は血が止まりにくくなる副作用があります。出血傾向、脳出血、消化管出血などのリスクがあります。異常を感じたらすぐに受診してください」

改善後の説明
「この薬は血の塊ができるのを防いで、脳梗塞を予防する大切な薬です。ただし、血が止まりにくくなるので、転んでケガをしないよう注意してください。歯磨きの時に血が出やすくなることがありますが、これは薬が効いている証拠です。もし鼻血が10分以上止まらない、黒い便が出るなどがあれば、すぐに薬局に電話してください。私が対応します」

この説明に変更してから、患者の反応は劇的に変わりました。「よく分かった。安心して飲める」と感謝され、以降その患者は服薬アドヒアランスが非常に良好になったのです。

違いが分かりますか。改善後は「予防効果」を先に伝え、副作用は「血が止まりにくくなる」という一言で集約し、具体的な注意点と連絡先を明示しています。

クレームを防ぐために薬剤師が持つべき「患者視点」

多くの薬剤師は「正確な情報を伝えること」が自分の仕事だと考えています。しかし、患者が求めているのは正確性だけではありません。

患者が薬局で本当に求めているもの、それは「安心」です。

「この薬を飲んで大丈夫だろうか」 「副作用が出たらどうしよう」 「他の薬と一緒に飲んで問題ないだろうか」

こうした不安を抱えて薬局に来る患者に対して、専門用語だけで説明しても安心は生まれません。むしろ不安が増幅されます。

私はクレーム対応の中で何度もこの事実を痛感しました。患者が怒っている本当の理由は「薬剤師の説明が間違っていた」ことではなく、「自分の不安を受け止めてもらえなかった」ことなのです。

服薬指導の質を高めることがキャリアの質を高める

優れた服薬指導ができる薬剤師は、どこの薬局でも必要とされます。患者満足度の高い薬剤師は、必然的に評価され、年収やキャリアの選択肢が広がります。

私が人事として採用面接を行っていた時、「患者対応力」は最も重視していた能力の一つでした。調剤技術は教育で向上しますが、患者に寄り添う姿勢は簡単には育たないからです。

もしあなたが今の職場で正当な評価を得られていないと感じているなら、それは環境の問題かもしれません。

クレーム対応力が高い薬剤師は、経営視点では「リスク管理ができる貴重な人材」であり、年収交渉でも非常に有利になります。しかし、今の職場の評価制度が整っていなければ、そのスキルは宝の持ち腐れです。

採用の裏側を知る私だからこそ話せる、「交渉力のあるエージェント」の選び方については、こちらの記事で暴露しています。

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明日から実践できる服薬指導チェックリスト

最後に、明日からすぐに使える服薬指導のセルフチェックリストを示します。

説明前の準備

□ 患者の年齢、職業、生活背景を確認したか
□ 初めての薬か、継続処方かを把握したか
□ 専門用語を使わない説明を準備したか

説明中のポイント
□ ベネフィットから先に伝えたか
□ 患者の表情を見ながら話しているか
□ 一文を短く、ゆっくり話しているか
□ 具体的な行動を指示しているか

説明後の確認
□ 「いつ飲むか」を患者自身の言葉で確認したか
□ 「何かあったら連絡してください」と伝えたか
□ 患者が安心した表情で帰ったか

このチェックリストを毎日の服薬指導で意識するだけで、あなたの患者対応力は確実に向上します。

あなたの服薬指導スキルは、あなたが思うよりずっと価値がある

クレームを恐れて服薬指導に自信を失っている薬剤師は少なくありません。しかし、それはあなたのスキル不足ではなく、伝え方を学ぶ機会がなかっただけです。

多くの薬剤師が「患者対応に悩んでいる」と悩んでいるのを見てきました。しかし、少し伝え方を変えるだけで、患者からの信頼を得られるようになった薬剤師も何人も知っています。

あなたには薬剤師としての専門知識があります。それを患者に届ける「伝え方」を身につければ、あなたの市場価値は大きく上がります。

もし今の職場が忙しすぎて、丁寧な服薬指導ができる時間や患者さんに配慮をする余裕がないなら、それは環境を変えるタイミングかもしれません。患者一人ひとりに向き合える職場で働くことは、薬剤師としての本質的な喜びを取り戻すことにつながります。

あなたの服薬指導スキルを正しく評価してくれる職場は、必ず存在します。今の環境で消耗し続ける必要はありません。あなたには、もっと輝ける場所があるのです。

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この記事を書いた人

調剤薬局チェーン元人事部長・薬剤師・中小企業診断士。
約4年間、人事責任者として薬剤師の採用・評価制度設計に従事。大手を中心に20社以上の紹介会社と折衝し、採用の舞台裏から「紹介会社の実力差」を熟知する。現在は経営コンサルタントとして、調剤薬局の採用戦略や人事考課制度の設計支援を行う一方、薬剤師個人のキャリア支援も行っている。採用側と求職側、双方の視点を持つ「情報の非対称性を解消する」解説に定評がある。

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