※2025年11月時点の情報です
調剤過誤は誰にでも起こりうる
調剤過誤やインシデントを起こしてしまった経験はありますか?
どんなに注意深く業務を行っていても、人間である以上ミスは起こりえます。厚生労働省の医療事故情報収集等事業報告によれば、薬剤に関連するインシデント報告は年間数千件にのぼります。
問題は、過誤そのものではありません。 その後の対応が、あなたの薬剤師としての信頼性とキャリアを大きく左右するのです。
私が人事部長として勤務していた頃、調剤過誤の報告を受けるたびに痛感したことがあります。それは、誠実に対応した薬剤師ほど信頼を回復し、むしろ以前より強固な患者関係を築いていたという事実です。
一方で、隠蔽しようとしたり、責任転嫁をしたりした薬剤師は、組織からの信頼を失い、最悪の場合キャリアに深刻なダメージを受けました。
本記事では、元調剤薬局チェーン人事部長として数多くの調剤過誤対応を見てきた経験から、発生時の誠実な対応方法と確実な再発防止策を具体的に解説します。
過誤を起こしてしまったあなたを責めるためではありません。 これからどう行動すべきかを、実務的な視点でお伝えします。
調剤過誤発生時の初動対応【最初の30分が運命を分ける】
患者の安全確保が最優先事項
過誤に気づいた瞬間、パニックになるのは当然です。 しかし、最初の30分の行動が、その後の展開を大きく左右します。
まず何よりも優先すべきは患者の安全確保です。 すでに薬剤を渡してしまった場合、直ちに患者へ連絡を取り、服用状況を確認してください。
具体的な対応手順は以下の通りです。
即座に行うべき行動
- 上司(薬局長や管理薬剤師)への報告
- 患者への連絡と服用状況の確認
- 処方医への連絡と指示仰ぎ
- 患者の健康状態のモニタリング体制構築
私が人事部長時代に対応した事例で、深夜に過誤に気づいた薬剤師がいました。彼女は迷わず管理薬剤師に電話し、夜中であるにもかかわらず患者宅に謝罪に向かいました。
幸い健康被害は発生しませんでしたが、この迅速かつ誠実な対応により、患者からの信頼は失われるどころか、「こんなに真摯に対応してくれる薬局は初めて」と感謝されたのです。
隠蔽は絶対にしてはならない
どんなに小さなミスでも、隠蔽は厳禁です。
薬機法に基づき、調剤過誤は適切に報告し記録する義務があります。隠蔽が発覚した場合、薬剤師個人の責任問題だけでなく、薬局の許可取り消しなど重大な事態に発展する可能性があります。
私が見てきた中で最も残念だったケースは、軽微なインシデントを報告せず、後日患者から問い合わせがあって発覚したケースです。
もし当初から誠実に対応していれば問題にならなかったにもかかわらず、隠蔽したことで患者の信頼を完全に失い、その薬剤師は職場に居づらくなってしまいました。
患者への誠実な説明と謝罪の具体的方法
謝罪は「言い訳なし」が鉄則
患者への説明と謝罪は、調剤過誤対応の中核です。 ここで信頼を回復できるか、完全に失うかが決まります。謝罪の際、絶対に守るべき原則があります。それは「言い訳をしない」ことです。
「忙しかったから」「人手不足で」といった言葉は、患者にとって何の慰めにもなりません。むしろ「自分の健康より業務効率を優先するのか」という不信感を招きます。
効果的な謝罪の構成要素
- 事実の正確な説明
- 心からの謝罪
- 今後の対応方針の明示
- 患者の不安への丁寧な傾聴
私が人事部長として指導していた謝罪の型があります。
「この度は、私の確認不足により誤った薬剤をお渡ししてしまい、大変申し訳ございませんでした。すぐに処方医に連絡し、健康への影響がないことを確認しております。正しい薬剤を至急お届けいたします」
このように、事実→謝罪→対応の順で簡潔に伝えることが重要です。
患者の感情に寄り添う姿勢
謝罪の場では、患者が怒りや不安を表明することがあります。 これは当然の反応であり、真摯に受け止める必要があります。
ある薬剤師が対応した事例では、高齢の患者が「もう二度とこの薬局は使わない」と激怒されました。彼は患者の言葉を遮らず、すべて聞き終えてから改めて謝罪しました。
その後、定期的に体調確認の電話を入れ続けた結果、1ヶ月後には患者から「あなたの誠意は伝わった。また利用させてもらう」と言っていただけたのです。
感情的な対応には感情ではなく、誠実さで応えることが信頼回復の鍵です。
組織内報告と記録の正確な作成方法
インシデントレポートは「防御」ではなく「改善」のため
調剤過誤発生後、必ず作成するのがインシデントレポートです。 これは単なる報告書ではなく、再発防止の最重要ツールです。
多くの薬剤師が誤解していますが、インシデントレポートは「責任追及」のためではありません。システムの改善と組織全体の学びのために作成するものです。
インシデントレポートに必須の記載事項
- 発生日時と発見日時
- 過誤の具体的内容
- 発生原因の分析
- 患者への影響と対応
- 再発防止策の提案
私が人事部長時代に評価していたのは、原因分析が深いレポートです。
単に「確認不足」ではなく、「なぜ確認が不足したのか」まで掘り下げて記載している薬剤師は、確実に成長していきました。
報告のタイミングと相手
報告は迅速かつ適切な相手に行うことが重要です。
まず直属の上司(薬局長や管理薬剤師)に口頭で第一報を入れます。その後、正式なインシデントレポートを作成し、組織の定めた経路で報告します。重大な健康被害が発生した、または発生する可能性がある場合は、経営層への報告も必要です。場合によっては保健所への届出も求められます。
ある薬局で起きた事例では、休日に発生した過誤を「月曜日に報告すればいい」と判断したために、患者対応が遅れ問題が拡大しました。緊急性の判断を誤らないよう、疑わしい場合は即座に上司に相談してください。
再発防止策の具体的な構築方法
根本原因分析(RCA)の実施
効果的な再発防止策を構築するには、根本原因分析が不可欠です。表面的な原因だけでなく、その背景にあるシステム的な問題を洗い出すことで、真の再発防止が可能になります。
根本原因分析の5つのステップ
- 何が起きたのか(事実の確認)
- なぜ起きたのか(直接原因)
- なぜその原因が生じたのか(背景要因)
- どうすれば防げたのか(防止策)
- 誰がいつまでに実行するのか(実行計画)
私が人事部長として関わった事例で印象的だったのは、「なぜ」を5回繰り返す手法で原因を掘り下げたケースです。
「処方箋の規格を見落とした」という事実から始まり、「なぜ見落としたか」→「文字が小さくて見づらかった」→「なぜ見づらかったか」→「照明が不十分だった」→「なぜ照明が不十分だったか」→「設備投資が後回しにされていた」
このように分析することで、個人の注意力の問題ではなく、組織的な環境改善が必要だと明確になりました。
実効性のある対策の立案
再発防止策は、実際に運用可能でなければ意味がありません。理想論ではなく、現場で確実に実行できる具体的な対策を立案してください。
効果的な再発防止策の例
- ダブルチェック体制の見直し
- 類似薬剤の配置変更
- 監査時のチェックリスト導入
- 集中できる環境の整備
- 適切な休憩時間の確保
ある薬局では、類似名称の薬剤による取り違えが続いたため、棚の配置を大幅に変更しました。さらに、薬剤名の表示を大きくし、色分けすることで視認性を向上させました。
その結果、同様の過誤は完全にゼロになりました。
物理的な環境改善は、個人の注意力に頼るよりはるかに確実な再発防止策です。
組織全体での共有と学び
あなたの経験した過誤は、組織全体の財産です。定期的なカンファレンスや勉強会で事例を共有することで、他のスタッフも同様のミスを防ぐことができます。
ある調剤薬局では、毎月「インシデント共有会」を開催していました。そこでは過誤を起こした薬剤師を責めるのではなく、「この事例から何を学べるか」を全員で議論しました。
この取り組みにより、組織全体の安全意識が向上し、重大な調剤過誤は大幅に減少しました。
調剤過誤がキャリアに与える影響と向き合い方
過誤経験は「弱み」ではなく「成長の証」
調剤過誤を経験すると、多くの薬剤師が「自分はダメな薬剤師だ」と自信を失います。しかし、過誤経験を適切に処理し、そこから学んだ薬剤師は、より優れた専門家に成長します。
重要なのは、過誤をどう捉え、どう活かすかです。
私が人事部長として採用面接を行う際、過去の調剤過誤経験について聞くことがありました。そこで「どのように対応し、何を学んだか」を具体的に語れる薬剤師は、高く評価しました。なぜなら、危機管理能力と学習能力の高さを示しているからです。
職場環境が原因の場合は転職も選択肢
ただし、注意すべき点があります。
もし過誤の根本原因が、慢性的な人手不足や過重労働、不適切な業務体制にある場合、個人の努力だけで解決することは困難です。
私が人事部長として多くの薬局を見てきた中で、以下のような職場環境は改善が難しいと感じました。
要注意な職場環境の特徴
- 恒常的な一人薬剤師体制
- 休憩時間が確保されない
- インシデント報告が個人攻撃の材料になる
- 改善提案が無視される風土
- 管理薬剤師が機能していない
このような環境で働き続けることは、あなたのキャリアだけでなく、患者の安全にもリスクをもたらします。
ファルマスタッフ、レバウェル薬剤師、ファル・メイトといった信頼できる薬剤師転職エージェントに相談することで、より安全で働きやすい環境を見つけることができます。
私が人事部長時代、実際に『交渉力が高く、信頼できる』と感じた理由について、以下の記事で生々しく解説しています。失敗したくない方は、必ずチェックしてください。

これらの会社は、職場の実態を詳しく把握しており、調剤過誤が起きにくい適切な体制が整った薬局を紹介してくれます。
信頼回復のための長期的な取り組み
日々の業務での信頼の積み重ね
調剤過誤後の信頼回復は、一朝一夕には達成できません。 日々の誠実な業務の積み重ねが、徐々に信頼を取り戻していきます。
具体的には、以下のような行動が効果的です。
信頼回復のための日常行動
- 監査手順の徹底と見える化
- 患者への丁寧な服薬指導
- 同僚とのコミュニケーション強化
- 継続的な専門知識の向上
- 積極的な業務改善提案
私が見てきた中で印象的だったのは、過誤後に自主的に調剤手順のマニュアル化に取り組んだ薬剤師です。
彼は自分の経験を活かし、特に注意すべきポイントをまとめた業務マニュアルを作成しました。それが薬局全体で活用されるようになり、結果的に組織への大きな貢献として評価されました。
専門性向上への投資
調剤過誤を経験したことで、より深い薬学的知識の必要性を痛感する薬剤師は多いです。これを機に、認定薬剤師の資格取得や専門領域の学習に取り組むことは、自信回復とキャリアアップの両面で効果的です。
継続的な学習は、あなたの価値を高め、より良い職場環境への道を開きます。もし現在の職場が学習機会を提供していない、あるいは資格取得を評価しない環境であれば、成長できる環境への転職を検討する価値があります。
あなたの未来は、今日の誠実さが決める
調剤過誤を起こしてしまったあなたを、誰も責めることはできません。重要なのは、その後どう行動するかです。私が人事部長として数多くの薬剤師を見てきた中で確信していることがあります。それは、困難に直面した時こそ、その人の真価が問われるということです。
過誤を隠さず、患者に誠実に向き合い、根本原因を分析して改善策を実行する。この一連のプロセスを真摯に行った薬剤師は、例外なく成長し、より強い信頼を獲得していきました。
一方で、もし今の職場環境が、あなたが安全に業務を遂行することを妨げているなら、環境を変えることも勇気ある選択です。慢性的な人手不足や過重労働の中では、どんなに優秀な薬剤師でもミスのリスクは高まります。それは個人の能力の問題ではなく、システムの問題なのです。
ファルマスタッフ、レバウェル薬剤師、ファル・メイトは、薬剤師の労働環境改善に真剣に取り組んでいると薬局運営側からも感じていた職業紹介会社です。

これらの会社のキャリアアドバイザーに相談することで、適切な人員配置がされ、安全に業務ができる職場を見つけることができます。
あなたには、安全な環境で専門性を発揮する権利があります。 過誤の経験から学んだあなたは、以前より確実に成長しています。その学びを活かせる環境で、再び患者のために力を尽くしてください。

