※2025年11月時点の情報です
口頭内定だけで安心していませんか?
「おめでとうございます。では来月からよろしくお願いします」
面接後、採用担当者からこう告げられたあなたは、安堵と期待で胸がいっぱいになったはずです。
しかし、その「内定」は本当に確実なものでしょうか?
「年収は550万円とお伝えしましたよね」と確認しても、「いえ、500万円と言いましたよ」と平然と答える経営者。「完全週休二日制」のはずが、実際には「週休二日制」だったという求人票のすり替え。「前の薬局での経験を考慮して、すぐに管理薬剤師に」という約束が、入社後には「まずは一般薬剤師として様子を見させてください」に変わっていたケースもあります。
これらはすべて、証拠を残していなかったために起きた本当に聞いたトラブルの一例です。
口頭での約束は、残念ながら「言った言わない」の水掛け論に発展しやすく、労働者側が圧倒的に不利になります。特に中小規模の調剤薬局では、採用プロセスが整備されておらず、特に直接応募においてはトラブルが頻発しているのが実態です。
あなたのキャリアと人生を守るために、今回は口頭内定の法的位置づけから、確実に証拠を残す方法まで、人事の裏側を知り尽くした私が徹底解説します。
ポイント1:口頭内定に法的拘束力はあるのか?人事部長が語る契約の実態
結論から申し上げます。口頭での内定にも、条件次第では法的拘束力が認められる可能性はあります。
ただし、それを証明するのは極めて困難です。
労働契約法において、雇用契約は口頭でも成立すると定められています。つまり理論上は、採用担当者が「採用します」と明言し、あなたが「承諾します」と答えた時点で、労働契約が成立したと主張できる余地はあるのです。
しかし、実務では別の問題が立ちはだかります。口頭での約束は証明手段がなければ、単なる「記憶の相違」として片付けられてしまうのです。
口頭内定のリスクをまとめると以下の通りです。
- 労働条件の詳細が曖昧になりやすい
- 「言った言わない」の水掛け論に発展しやすい
- 企業側が一方的に条件を変更するケースがある
- 証拠がないため労働審判でも不利になる
- 内定取り消しの際に補償を求めにくい
特に注意すべきは、面接官の立場です。店舗の薬局長クラスが面接を担当した場合、その場で「採用します」と言っても、実際の決裁権は本社の人事部や経営陣にあるケースが大半です。
つまり、薬局長の「内定」発言は、法的には「内定の内々示」程度の意味しか持たない可能性があります。
だからこそ、口頭での約束を鵜呑みにせず、必ず書面での内定通知の確認を求める必要があるのです。
ポイント2:【実務】内定の証拠を確実に残す5つの方法
では、具体的にどのような方法で証拠を残すべきでしょうか。人事の立場から実践的な手法をお伝えします。
方法①:内定通知書・採用通知書の即時要求
面接で内定を告げられたら、その場で「内定通知書はいつ頃いただけますか?」と確認してください。優良企業であれば、通常1週間以内に書面を発行します。
2週間経っても届かない場合は、メールで「先日お話しいただいた内定の件、書面での通知をお待ちしております」と催促しましょう。この催促メール自体が、口頭で内定があったことの証拠になります。
私が在籍していた薬局では、内定通知書は面接から3営業日以内に発送するルールでした。しかし、中小規模の薬局の中には、書面を発行する習慣がない企業も存在します。そうした企業は、労務管理が杜撰な可能性が高いと判断できます。
方法②:労働条件通知書の詳細確認
労働基準法第15条により、企業は労働者に対して労働条件を書面で明示する義務があります。この「労働条件通知書」は法的に交付が義務付けられている重要な書類です。
チェックすべき項目は以下の通りです。
- 契約期間(正社員か契約社員か)
- 就業場所(配置転換の可能性も含む)
- 業務内容(調剤のみか、OTC販売も含むか)
- 始業・終業時刻、休憩時間
- 休日・休暇(週休二日制か完全週休二日制か)
- 賃金(基本給、諸手当の内訳、計算方法)
- 昇給・賞与の有無
- 退職に関する事項
特に「週休二日制」と「完全週休二日制」の違いは要注意です。週休二日制は「月に1回以上、週2日の休みがある」という意味で、毎週2日休めるわけではありません。
方法③:面接内容のメモとメール送信
面接終了後、できるだけ早く(できれば当日中に)面接で話した内容をメモにまとめ、自分のメールアドレスに送信してください。これにより、その時点での認識を記録として残せます。
メモには以下の項目を記載します。
- 面接日時と場所
- 面接官の氏名・役職
- 提示された労働条件(年収、勤務地、休日等)
- 約束された入社日
- その他の口頭での約束事項
さらに、可能であれば面接後に採用担当者へ「本日はありがとうございました。年収〇〇万円、勤務地は△△店とのご提示、承知いたしました」といった確認メールを送りましょう。
この確認メールに対して企業側から否定する返信がなければ、後々のトラブルの際に「その条件で認識が一致していた」ことを示す有力な証拠として機能します。
方法④:転職エージェント経由での条件確認
最も失敗リスクを抑える確実な手段なのは、転職エージェントを介して転職活動を行うことです。
ファルマスタッフ、レバウェル薬剤師、ファル・メイトといった薬剤師専門の職業紹介会社を利用すれば、企業との条件交渉や書面での確認をすべて代行してくれます。

私が人事部長として採用活動をしていた際、転職エージェント経由の応募者とは、必ず書面ベースでやり取りをしていました。なぜなら、エージェントは労働条件の齟齬によるトラブルを最も警戒しているからです。
実際、私が噂に聞く「言った言わない」トラブルのほぼすべてが、直接応募の薬剤師の話でした。エージェント経由の採用では、条件が明文化されているため、こうしたトラブルはほとんど発生しませんでした。
方法⑤:録音による証拠保全(最終手段)
法的には、自分が参加する会話の録音は違法ではありません。ただし、録音していることを事前に告げるかどうかは慎重に判断すべきです。
相手に無断で録音することは、法的には問題ありませんが、後の労使関係を考えると、最初から疑ってかかっているような印象を与えかねません。
おすすめはしませんが、するとしても「念のため記録として残させていただいてもよろしいでしょうか?」と断りを入れてからです。優良企業であれば、むしろ「どうぞ、こちらも正確に伝えたいので」と快諾してくれるはずです。
逆に、録音を拒否する企業は、後で条件を変更する意図がある可能性を疑うべきでしょう。
ポイント3:内定後に条件が変わった場合の対処法
書面での確認を怠らなかったとしても、入社直前や入社後に条件が変更されるケースがあります。こうした場合、どう対処すべきでしょうか。
ケース①:内定通知書と雇用契約書の内容が異なる場合
内定通知書で提示された条件と、実際の雇用契約書の内容が異なる場合、あなたには契約を拒否する権利があります。
労働契約は、労働者と使用者の合意によって成立するものです。一方的に条件を変更することは許されません。
もし条件変更を告げられたら、以下のステップで対応してください。
- なぜ変更が必要なのか、書面での説明を求める
- 変更が許容できない場合は、内定辞退を検討する
- 転職エージェントを利用している場合は、即座に相談する
ケース②:入社後に口頭での約束が反故にされた場合
「管理薬剤師に昇格させる」「半年後に別店舗へ異動」といった口頭での約束が守られないケースです。
この場合、労働条件通知書に記載がない限り、法的に争うのは困難です。しかし、諦める必要はありません。
まず、人事部門に対して書面(メールでも可)で、面接時の約束内容と現状の相違を指摘し、改善を求めてください。この書面自体が、後の交渉や法的手続きで証拠となります。
面接担当官が独断で「すぐに管理薬剤師にする」と約束し、後でトラブルになったケースがありました。このとき、薬剤師本人が面接時のメモと確認メールを保存していたため、会社側は彼女を優先的に管理薬剤師に昇格させる方向で調整せざるを得ませんでした。
証拠があるかないかで、結果は大きく変わるのです。
ケース③:試用期間中の条件変更や本採用拒否
試用期間中であっても、企業が一方的に労働条件を変更することはできません。また、本採用を拒否する場合は、客観的で合理的な理由が必要です。ただし、試用期間中は通常の解雇よりもやや広い範囲で本採用拒否が認められているのも事実です。
とはいえ、通常の業務を真面目にこなしていれば、本採用拒否されることはまずありません。もし理不尽な理由で本採用を拒否された場合は、労働基準監督署や弁護士に相談すべきです。
【危険信号】こんな企業は要注意!内定段階で見抜くブラック薬局の特徴
長年の人事経験から、内定段階で「この企業は危ない」と判断できるサインをお伝えします。
危険信号①:労働条件通知書の交付を渋る
法律で義務付けられている労働条件通知書の交付を渋る企業は、何かを隠している可能性が高いです。「入社日に渡します」「うちは口頭で伝えるスタイルです」といった言い訳をする企業は避けるべきです。
私が知る限り、労働条件通知書をきちんと発行しない薬局は、残業代の未払い、有給休暇の取得妨害、一方的な配置転換など、様々な労務問題を抱えているケースが多いように感じます。
危険信号②:「とりあえず入社してから相談しましょう」という曖昧な回答
年収や勤務地、休日数などの重要な条件について、「入社してから話し合いましょう」と明言を避ける企業は信用できません。
労働条件は、入社前に明確にすべきものです。入社後に「やっぱり休日は月6日です」「配置転換は拒否できません」と告げられても、すでに現職を退職していれば、交渉の余地はほとんどありません。
危険信号③:内定承諾を急かす
「明日までに返事をください」「他を受けるのはやめてください」と、不自然に内定承諾を急かす企業は要注意です。
優良企業であれば、薬剤師が慎重に検討する時間を尊重します。急かすということは、時間をかけて検討されると辞退される可能性が高いと企業側が認識している証拠です。
私が人事部長として内定を出す際は、通常は1週間、長い時は2週間以上の検討期間を設けていました。それでも辞退されるなら、それはこちらの魅力不足であり、薬剤師側には非はありません。
【人事の本音】「うるさい薬剤師」と思われずに、証拠を残す唯一の裏ワザ
正直なところ、これからお世話になる会社に対して「内定通知書をすぐに出せ」「メールで証拠を残せ」と要求するのは、心理的にかなりハードルが高いと思います。「面倒な人が来たな」と思われたくないですよね。
そこで、私が人事部長として採用を受ける側だった時、一番「手強い(=条件をあいまいにさせてくれなかった)」と感じた相手を利用することをお勧めします。それが「転職エージェント」です。
彼らはビジネスとして、ドライに「契約書の締結」を求めてきます。企業側も、エージェント相手なら「事務的な手続き」として処理するため、あなたの心証が悪くなることは一切ありません。
あなたのキャリアを守るのは、証拠と戦略
「口頭での約束を信じてしまった」
私がこれまでに聞いたトラブルに巻き込まれた方々は、この言葉を口にしていました。そして、証拠がないために泣き寝入りするしかなかったのです。
あなたには、同じ失敗をしてほしくありません。
口頭での内定は、あくまで「内定の可能性」でしかありません。それを確実なものにするためには、書面での証拠が不可欠です。
内定通知書の要求、労働条件通知書の詳細確認、面接内容のメモ作成。これらは決して「疑り深い」行為ではありません。自分のキャリアを守るための、当然の権利行使です。
そして、もっと確実な方法は、転職エージェントという「プロの交渉代理人」を味方につけることです。
私が人事部長時代、実際に「この担当者は手強い(=候補者のために本気で交渉してくる)」と感じ、信頼関係を築いたエージェントについては、以下の記事で実名を挙げて解説しています。

私が人事部長として幾多もの薬剤師採用に関わってきた経験から断言します。口頭での約束だけを信じて転職するのは、あまりにもリスクが高すぎます。
曖昧な約束で、大切な未来を危険にさらさないでください。証拠を残し、専門家の力を借りながら、確実に理想のキャリアを掴み取ってください。その一歩を踏み出す勇気を、私は全力で応援しています。

